閑人手帖

このブログは私が見に行った演劇作品、映画等の覚書です。 評価、満足度を☆の数で示しています。☆☆☆☆☆が満点です。★は☆の二分の一です。

犬は鎖につなぐべからず

岸田國士一幕劇コレクション
ナイロン100℃
http://www.sillywalk.com/nylon/

今年僕が見た演劇作品の中では、最も印象深い作品である。
岸田國士の七編の短編戯曲を切り刻んで、三時間の枠組みの中でコラージュ風に再構成した舞台だった。
ナンセンスで黒い笑いのセンスについては、現在の日本の演劇界ではナイロン主宰のケラの表現が突出して洗煉されていると僕は思う。しかしその笑いにはたちのよくない、ある種の陰湿さを感じるときもよくあって、作品によってかなり好き嫌いが分かれる。
今回はケラの独創的舞台表現が、岸田國士作品という枠組みのなかで非常にうまく機能していたように思う。
冒頭から岸田戯曲の世界、見事にナイロン100℃の色で塗り替えられていることに感心する。七つの別々の戯曲はそれぞれ、今回の舞台では昭和初期頃の一つの町内での出来事に変換され、互いにゆるやかではあるが有機的な関連を持つ。原作の各篇は自由に切り刻まれ、ある作品が完結前に別の作品のエピソードが入りこむような形で、互いに中断されながら結末へと向かう。
岸田作品を扱うにあたって、このような複雑なやりかたで異なる作品を融合させて、一つの完結した劇世界を作り上げるという発想は天才的に思える。和装の色彩の愛らしさや幕間の集団でのコミカルな舞踊と相まって、レトロでありながらモダンでもある独特の空間が成立していた。
岸田の作品の味わいをしっかりと残しながら、それにケラの個性的表現をバランスよく組み入れ、現代的な感覚の中で再提示する素晴らしい手際に魅了される。
七つの戯曲は夫婦の感情のやりとりの様々な類型を繊細なダイアローグで提示している。
『屋上庭園』は二年前、新国立劇場で宮田慶子演出で見て大きな感銘を受けた作品だが、今回のケラのバージョンも素晴らしかった。「負けて」しまった男のひねくれていじけた姿のリアリティ、またその男の恐るべき率直さに猛烈に感情移入してしまい、今回も思わず涙が出てしまう。