閑人手帖

このブログは私が見に行った演劇作品、映画等の覚書です。 評価、満足度を☆の数で示しています。☆☆☆☆☆が満点です。★は☆の二分の一です。

ナツヤスミ語辞典

キャラメル・ボックス

  • 脚本:成井豊
  • 演出:中屋敷法仁(柿喰う客)
  • 美術:原田愛
  • 照明:松本大
  • 音楽:佐藤こうじ
  • 音響:大久保友紀
  • 出演:熊川ふみ(範宙遊泳)、深谷由梨香(柿喰う客)、原田樹里、多田直人、鍛治本大樹、渡邊安理、コロ(柿喰う客)、川田希、七味まゆ味(柿喰う客)、大村わたる(柿喰う客)、永島敬三(柿喰う客)、村上誠基(柿喰う客)、井上麻美子、林貴子、森下亮(クロムモリブデン)、右手愛美
  • 劇場:新国立劇場 小劇場
  • 上演時間:2時間
  • 評価:☆☆☆☆★
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キャラメルボックスと柿喰う客の合同公演。小五の娘と一緒に観に行った。この公演は気になっていたのだが、チケット価格もちょっと高めだったので購入を迷っていた。柿喰う客は若手の劇団の中でも注目株の一つで、その公演はかなり癖のある独創的な仕掛けが施されている。キャラメルは長い歴史のある劇団だが、その作品の多くは良質のジュブナイル小説を思わせるの伸びやかで明朗な雰囲気を持っている。その健全さ、まっすぐな感じゆえに、中年男が一人で見るのはちょっと気恥ずかしいところもないではない。でも私は数年前に見たキャラメルボックス版の『スキップ』(北村薫原作)が大好きで、ボロ泣きしながら見た経験がある。

「ナツヤスミ語辞典」は今回が再再演らしいが私は見たことがなかった。小劇場らしいひねくれぶりと臭みを持つ柿喰う客と毒のない健全明朗なキャラメルの組合せはミスマッチに思えたが、それゆえに柿喰う客の演出家中屋敷がどうデフォルメを加えるのかに好奇心をそそられた。題材的には小5の娘とみるのにぴったりに思えた。

舞台は奥から前へだけでなく、水平方向にも傾斜した雛壇形式のシンプルなもの。中学二年生の女の子三人の夏休みの物語である。冒頭の群舞や群読、ダンスを交えた夏休み開始の場面の勢いの良さにまずぐっと引き込まれる。展開のリズム感、音楽性、独特の様式感は柿喰う客っぽい感じがして、こののりに強引にキャラメルの成井豊のきっちりした世界は破壊されてしまうのかなと思っていたら、全体的には意外にも成井的世界はしっかりと尊重されていて、成井の戯曲の安定感の上で、柿喰う客的な劇的創意が効果的に、香辛料のように作品に精彩をもたらしていた。二つの劇団の持っている世界がうまく融合して、それぞれの持ち味を発揮していた。柿喰う客演出家の中屋敷のこうしたレンジの広さは大きな強みだ。

手紙による報告という外枠構造を演劇的世界に巧みに変換する成井の戯曲は本当によくできている。サスペンスを連続させることで観客の好奇心を常に誘導するやり方もうまい。扱っている世界のナイーブさ、健全さゆえに、小劇場のファンからは軽んじられている感じもあるが、演劇独自のやり方で世界を重層的に提示する成井の創意はとても優れていると私は思う。中屋敷演出は戯曲のポテンシャルを、自分の香りをつけた上で十全に引き出していた。役者の持っている個性もそれぞれの役柄の中で生かされていた。なかでも熊川ふみのどこか少年っぽい雰囲気のある可愛らしさは印象に残る。ちょっとかつてのつみきみほを思わせるところも。彼女が肩を張って走って行く後姿がなんとも言えずカッコいい。ペタペタっとした感じの話し声も私は好きだ。

重層的で目まぐるしい展開の結末はいささか定型的な愛と信頼の回復の物語である。でもこれはこれでいいのだ。このラストについては、照れずにもっとベタベタな演出で強引に泣かせに持って行って貰いたかったような気もした。
娘も楽しんで見たようだ。小学校中学年くらいになれば楽しむことのできる芝居だと思う。