閑人手帖

このブログは私が見に行った演劇作品、映画等の覚書です。 評価、満足度を☆の数で示しています。☆☆☆☆☆が満点です。★は☆の二分の一です。

平原演劇祭×一年劇団 孤丘座 洞窟演劇『鷹の井戸/鷹の風呂』@栃木県某所

「洞窟演劇」と予告されていた。洞窟で演劇だって!?

もうこれだけでどんなものを見せてくれるのだろうかと心が浮き立つではないか。公演会場までの行き方の案内は、平原演劇祭の公式twitterアカウント@heigenfesにあった。雨具と懐中電灯持参とある。

場所は東武佐野線の終着駅からさらに町営バスに乗り、山の中に入ったところだ。

東京都練馬区にあるうちからは約3時間かかった。まず池袋まで有楽町線、それから宇都宮線久喜駅まで行き、そこで東武伊勢崎線に乗り換え館林駅まで行く。館林駅から東武佐野線に乗って終着駅まで。

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初めての路線に乗って、初めて行く場所と言うことで、旅行気分も盛り上がる。

降りた駅は特徴らしい特徴がない田舎町だ。そこから町営バスに15分ほど乗る。バス停のある道のそばにある木の緑濃い丘を登ったところが、公演場所の洞穴だった。

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開演の前に洞穴の中を一通り回った。中にはいくつかの空間があったが全体としてそんなに巨大な洞窟ではない。15分もあれば一通りみて回ることができる広さだ。観光のためわざわざこの洞窟を訪れるのはよっぽどの洞窟マニアではないだろうか(そのわりには洞窟演劇終演後に家族づれがこの洞窟の見学にやってきたのだが)。洞窟の管理は近所の住人に委ねられているらしい。鍵の開け閉めと洞窟内の電灯をつけるのが主な管理業務らしく、自由に出入りできる。

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[開演前に出演女優三名の写真を撮らせてもらった]

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この洞窟演劇を見るためにやってきた物好きな観客は十数名いた。その多くは中高年男性で、女性の観客は一人だけだった。

開演は正午と予告されていたが、開演時間直前に洞窟内に入った一般客が一組あったので、その退場を待っての開演となった。

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オープニングは戸外で始まる。

緑の木々にかなり急な傾斜の斜面から、三人の楽人たちが歌を歌いながら、洞穴前の広場に上ってくるのだ。樹々の濃い緑の中に現れる異装をなしたる三人の少女の登場であたりは一気に異世界に変貌する。印象的な素晴らしいオープニングだった。

オープニングの後、洞穴内に観客たちは誘導される。洞穴に入ると、洞穴内の道は軽い傾斜となりすぐに左右に別れる。右手の方から何者かが話している声がする。懐中電灯であたりを照らしながら右手に移動すると、仮面をかぶり、わらじをはいた異形の女がいた。

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この仮面の怪物が一人で語っているところへ、異装の若者が現れる。ケルトの若武者のクフーリンだ。彼は不老不死の水が湧き出るという井戸を探し求めている。

イェイツの『鷹の井戸』の内容をここで私はなんとなくではあるが思い出す。仮面女と若武者は言い争いをしているが、その内容は頭に入って来ない。洞窟内という場所の力が強すぎて、セリフが頭の中に入って来ないのだ。

背後から鈴の音、そして獣の叫び声が聞こえた。仮面女と若武者の背後は盛り上がった丘のようになっているのだが、その高みに鷹が現れた。思わずハッとするような印象的な場面となった。

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突如現れた鷹に激しく動揺する手間の二人。

鷹の姿が消えると、若武者は槍を手にして颯爽と退場していった。

この退場をもって第一部、洞穴内での『鷹の井戸』が終わる。異世界を描き出す幻想劇でこれ以上の舞台装置はそうそうあるものではない。場のインパクトがあまりにも強いので言葉の内容はその空間の中に溶けてしまい曖昧なものになってしまう。

何も知らない人が洞窟に見学に来て、上演の場面に立ち合ったらさぞかしギョッとするに違いない。幸い上演中に「外部」の人が入ってくることはなかった。

 

第一部が終わると洞穴の外に出て、少し休憩となる。10分ほどの休憩の後、第二部会場となる洞穴からさらに200メートルほど上ったところにある「展望台」に移動する。この展望台までの上り下りがかなりの急斜面で往生した。

「展望台」といっても周りは緑の木々に視線を遮られ、特に何が見える訳でもない。谷を挟んで向こう側に、セメント用の石灰岩を削り取られ、片面が禿山になっているのが見えるくらいである。

山の斜面の傾斜が幾分緩やかになっているところに観客が誘導され、そこで第二部の『鷹の風呂』が始まった。

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『鷹の風呂』は一人語りの芝居だった。この山の斜面と斜面を上ったところにある鉄できた小さなテラスが演技場となった。

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寄ってくる蚊を追い払いながらの観劇となった。ここも場所のインパクトが強すぎて、女優が話している内容が断片的にしか頭に入らない。高野竜演出の芝居ではこういうことがちょくちょくある。でもそれで問題かといえば、そうでもない。観劇体験の充実はちゃんと味わうことができている。昨年、北千住のBUoYで上演があった時は二回見にいった。一回目は何がなんやらわからないかったけれど、二回目に見たら戯曲の内容が流石によく頭に入った。やはり複数回見に行くものだなあとは思ったものの、一回目の観劇で不満だったという訳ではない。

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『鷹の風呂』は高野による創作劇だ。野外で声が聞き取りにくいということもあって、正直、ほとんど何が話されているのかわからなかった。家に帰ってウェブ上で公開されている戯曲を読むと、「ああ、これではわからなくても如何しようもないわ」と思う。難解だ。でも面白い。テクストとしてその内容を咀嚼していくと、この戯曲は実に味わい深い文学作品だ。イェイツの『鷹の井戸』を出発点に話がどんどん自由に拡散、拡大していく。内容がわかればわかったで面白いのだが、上演中にわからなくても観劇体験としては特に問題ないように思えるが、平原演劇祭の面白いところだ。

観客の「なんじゃこれは?」という表情を受け止めつつ、この厄介なテクストを30分に渡って語り、役柄を演じきった女優はどうかしている。素晴らしい。

『鷹の井戸』『鷹の風呂』合わせて上演時間は90分ほどだった。

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終演後は食事が用意されていた。『鷹の風呂』で言及されていたコノシロの酢漬けとスパイスで味付けされたクリームチーズ、きゅうりを、それぞれが自分でフランスパンに挟んで食べるサンドイッチが供された。コノシロの酢漬けのサンドイッチは実に美味しかった。これに加えてアメリカンチェリーとすもも(?)というデザートもあるのも嬉しかった。