閑人手帖

このブログは私が見に行った演劇作品、映画等の覚書です。 評価、満足度を☆の数で示しています。☆☆☆☆☆が満点です。★は☆の二分の一です。

【映画】山本良子監督『ぼくらのハムレットができるまで』(2004)

2004年(46分)
監督・編集:山本良子
出演:学習塾赤門塾のみなさん
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『ぼくらのハムレットができるまで』は、埼玉県所沢市にある学習塾、赤門塾で1975年以来、毎年3月末に開催される演劇祭のメイキングを記録したドキュメンタリー映画だ。作品は映画美学校の卒業制作として2004年に撮影された。
 
赤門塾は地元の子どもたちが通う個人経営の小さな塾だ。塾を創立したのは、在野の哲学者、ヘーゲルの翻訳者として知られる長谷川宏である。東大闘争の活動家だった長谷川は、大学院博士後期課程修了後に大学から離れ、1970年に小中学生を対象とする学習塾を開設した。
赤門塾演劇祭は、長谷川宏が主宰する学習塾が母体とする「共同体」の演劇祭だ。「共同体」と鉤括弧でくくったのは、生活の場ではない塾は普通、共同体を形成するような閉鎖性、拘束性を持ち得ないからだ。赤門塾のような地元の子供たちを対象とする塾の機能の根幹は公教育の補完であり、通うのもやめるのも自由だ。赤門塾は小・中学生対象の塾だったので、通っていた塾生も学校卒業とともに塾とは縁が切れるのが普通のはずだ。ところが赤門塾に通う子供たちのなかには、中学を卒業したあともこの塾に居場所を見出し、勉強や遊びにやって来る者たちがいた。この塾OBOGを中心に、様々な文化活動が行われるようになった。文化祭、美術館見学、ハイキング、完全自炊の夏合宿、そして演劇祭。こうした集団での活動を通して濃厚な学びと遊びの擬似共同体となった。『ぼくらのハムレットができるまで』は、演劇づくりという集団での活動の観察を通して、赤門塾という擬似共同体の特異なあり方を伝えている。
 
この映画が撮影された年の演劇祭で上演された『ハムレット』でタイトルロールを演じたのは、大学を卒業したばかりの長谷川優だ。長谷川優は長谷川宏の次男であり、数年前から宏に代わって赤門塾の活動全般を取り仕切っている。監督の山本良子も撮影時には20代で長谷川優と同年代だった。当時山本は長谷川宏が行なっている哲学書の読書会のメンバーだったが、赤門塾演劇祭の出演者のほとんどとは面識がなかったと言う。演劇祭のOB・OGの部の稽古は一月から始まる。山本が撮影を開始したのは二月初めだった。『ぼくらのハムレットができるまで』というタイトルが示す通り、2月初めの稽古から映画祭当日までの様子がこの作品では記録されている。山本と演劇祭メンバーとは撮影を通じて少しずつ関係を構築していった。稽古は演劇祭直前までは週一回日曜日に行われる。山本は撮影される映像の中に自己を介入させない。彼女は他所から来た観察者として演劇祭のメンバーの姿を追いかける。最初のうちはおずおずと相手との距離を測りながら。山本の視線は観察者としての視点を失うことはないが、それでも稽古が進み、演劇祭の日が近づくにつれ、演劇祭に参加する人間たちの高揚感に撮影者が引き込まれていく様子が映像から伝わってくる。緊張感のなかにも、共同でものを作り上げていくなかで形成される親密さがどんどん濃厚になっていく。
 
この作品が撮影された2004年には、演劇祭開催は29回目を迎えていた。この演劇祭に何年も続けて参加している常連たちもいる。しかし演劇作りはルーティン・ワークにはならない。参加する人間たちの様々な関係性の網目のなかで、稽古時間の経過とともに、集団とそれに関わる各個人がダイナミックに変化し、成長していく瞬間を『ぼくらのハムレットができるまで』はとらえることに成功している。それにしても彼らはなんでこんなに真剣なのだろうか。年に一回の仲間内のための演劇祭にどうしてここまで労力と時間を注ぎ込むことができるのだろうか。このドキュメンタリーは、演劇作りがその参加者にもたらす魔法の時間を伝えている。公演が近づき集団の作品づくりへの求心力が一気に高まったときの緊張と興奮、出演者の熱気に次第に同調し、それに巻き込まれるように彼らをサポートすることで祭りの当事者となっていく周囲の人々の姿。学習塾の教室が三日間の演劇祭のために大掛かりな模様替えが行われ、劇場になる。舞台美術も小道具も衣装も音楽も全てが手作りであり、これを見に来る観客たちのほとんどは出演者やスタッフの家族や知り合いである。タイトルに「ぼくたちのハムレット」とあるが、これは文字通りこれは彼らたちの手による彼らのためのハムレットであり、演じる人間と見る人間のほとんどが赤門塾という擬似共同体のメンバーである内輪の演劇の様子を伝える作品なのだが、そこには外側の人間も共感できる集団での演劇づくりの喜びの普遍性を確認することができる。
 
『ぼくらのハムレットができるまで』は演劇が本質的に持つ教育的機能もとらえている。戯曲の登場人物を演じることで他者を引き受け、それを他人の目の前に晒すことで、演者は自分自身の殻を打ち破らなくてはならなくなる。この覚悟を決めたとき、人は変わり、別の段階に成長する一歩を踏み込む。昆虫の脱皮を見るように、人間の内面の変化の瞬間を目の当たりにする機会は日常ではそうあるものではない。演劇、それもアマチュアの演劇ではそれまでの自分から別の何者かへ変わろうとするときに人が見せる崇高な時間に立ち会うことがある。それは自分自身の発見のすぐれた契機であり、他者の発見の契機にもなる。『ぼくらのハムレットができるまで』にはそうした劇的な時間が記録されている。年に一度の祭である赤門塾演劇祭公演には、普段は演劇と関わりのない人たちが集団での演劇づくりを通して得た様々な変化や発見が凝縮されている。そしてその凝縮された集団の時間は舞台上で一気に吐き出される。
 
『ぼくらのハムレットができるまで』は公演の後ろ側にある演劇の時間の厚みと豊かさを伝え、アマチュア演劇の醍醐味を感じさせてくれる。学習塾を母体としたアマチュアによる演劇祭にみなぎる活気と充実感は「演劇ってなんだろう」という根源的で素朴な問いを私たちに突きつける。