閑人手帖

このブログは私が見に行った演劇作品、映画等の覚書です。 評価、満足度を☆の数で示しています。☆☆☆☆☆が満点です。★は☆の二分の一です。

平原演劇祭2020第4部 #行軍演劇「一輪の書」

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平原演劇祭2020第4部 #行軍演劇「一輪の書」
7/12(日)10:00-12:00集合、14:00開演
浦和・与野・さいたま新都心各駅を出発
川口市「上谷沼運動広場オーバーフロー」にて上演
完全投げ銭制・雨天決行

出演:セクシーなかむら、栗栖のあ、アンジー青野大輔、ふみ、西岡サヤ
統括・救護:高野竜
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#行軍演劇である。noteに掲載された告知文では、初級・中級・上級コースが設定されていた(初級はのちに中止になったが)。平原演劇祭リポーターの私としては当然「上級コース」を選ぶしかないが、「川口探検隊みたいなヤバイのが好きな人向け」と書いてあるのがちょっと気にかかった。運動不足の肥満中年の私にとって、果たして体力的に大丈夫だろうかと不安になったのだ。平原演劇祭はときにかなり過酷な観劇を強いられる。それでもやはり私としては「上級」の一択しかない。

上級コースは午前10時にさいたま新都心駅東口バス停に集合になっていた。10時ちょうどにバス停に行くと、顔見知りのシアタゴアーのNさんが一人で心細げに立っていた。

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「えーっと、平原はじめてなんですが、ここでいいんですよね?」

「はい、そのはずなんですが」

行軍のガイド役の青野大輔は5分遅れで到着した。福岡県在住で大学生兼俳優とのこと。

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ガイド役の青野大輔氏。

行軍の出発地点は、さいたま新都心駅からバスで20分ほどのところだという。午後から雨模様という天気予報だったが、かなり気温が高くてじめじめしている。脱水症状、熱中症の予防のため、出発前にコンビニで飲み物と塩分補給できるお菓子類を購入した。上級コース参加者は、私とNさん、そして俳優をやっているという三十代の青年の三人だけだった。このところゲリラ的なやり方でユニークな野外劇をやるということで平原演劇祭の認知度が上がっていて、数十名の観客が集まることが多くなっているのだが、上級コースは「川口探検隊みたいなヤバイのが好きな人向け」というのに躊躇した人が多かったのだろうか。

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さいたま新都心駅から南南東に20分ほどのところにある「教育センター前」というバス停で降りた。がらーんとした散文的というか何の情緒も感じられない道ばたのバス停だ。近くに大型薬局があり、ガイド役の青野氏はそこで飲料や飴などを購入していた。今回の行軍演劇では、この付近を流れる川筋に沿って3時間ほど歩くことが予告されていた。川筋の半分ぐらいは、川の上に「ふた」がおかれて見えなくなっている暗渠になっている。現在では「ふた」がおかれ、道に覆われて見えなくなっている暗渠をたどりながら、川にまつわるその土地の物語を語るというのは、高野竜さんの劇作のテーマの一つで、今回の行軍の終着地で上演される『一輪の書』はこのテーマに基づく作品の一つだ。『一輪の書』は以前、平原演劇祭で上演されたのを私は見たことがあるはずだ。そして高野さんのいくつかの作品を通じて、埼玉・東京の川と沼についてのうんちくを私は聞いている。

散文的で殺風景な田舎町の風景のなかに、その土地の歴史や地理を取材することで叙事詩的な物語をつむぐ高野竜さんの手法やそこで演劇的に提示される物語自体には感心するけれど、もともとそうした地誌に深い関心を持っているわけでない私は、実のところ作品や高野さんが語る内容についてはあんまり理解できていない。そして語られた内容のディテイルも忘れてしまっている。

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今回の行軍演劇の出発点は、この付近を流れる川の一つ、藤右衛門川の水源とされる場所だ。水源というと高い山の奥深くにひっそりとあるというイメージだが、藤右衛門川の水源は住宅地の真ん中に割り込むようにある。幅30センチほどのコンクリートの用水路になっていた。この小さな流れは、いくつかの付近の支流と合流し、まもなくはば三メートルほどのかなりの水量の流れとなるが、現在はその多くは暗渠となっていた。

藤右衛門川の名の由来となった藤右衛門は江戸時代の武士でこのあたりの治水事業を行った人のようだ。もともとは浦和から川口にいたるこの地域はいくつもの川が流れる広大な湿地帯だったという。

「暗渠の両側に家が並んでますけれど、暗渠の側には玄関がなくてみな裏口になってます。今、私たちは川のうえにふたをした「道」を歩いているわけですが、もともとここが「道」ではなかったことの名残です」

「もとの川沿いには、クリーニング屋さんとか市民プールとか、水を大量に必要としていたお店や施設がけっこうあるんですよ」

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[何の変哲もない住宅街の路地だが、この赤いコンクリート板の下に藤右衛門川が流れている]

歩きながらガイドの青野氏が適宜このような説明してくれる。高野さんに前に聞いたような話だなあと思ったのだが、青野氏に聞けば事前に二回にわたって全行程を高野さんと歩き、徹底期にレクチャーを受けたのを暗記したとのこと。青野氏は福岡のひとで、このへんの地理にはもともと詳しいわけがない。もっとも地元のひとでもこうした川や治水の歴史について知っている人はそんなにいないと思う。

青野氏は俳優でもあるが、このガイド自体が演劇作品なのだ。この行軍演劇の最後に置かれた『一輪の書』という戯曲の上演は一時間ほどだが、その前の行軍が三時間。行軍は今回の公演の本体であり、前説ではない。

 

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この水源付近は、道祖土という変わった地名だ。これで「さいど」と読む。この近くにある道祖土小学校は、学校の敷地内を暗渠となった川が分断していることで、暗渠マニアのあいだではよく知られているという。

goo.gl

 

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道祖土小学校の敷地を分ける暗渠。

道祖土小学校を過ぎると藤右衛門川はしばらくのあいだ開渠となる。しかしこうした解説がなければ、特に気にとめることのない町中のドブ川でしかない。

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川にそって、川と民家のあいだの狭い通路を歩いて行く。

上級コースは「川口探検隊みたいなヤバイのが好きな人向け」とあったが、実際には山の中のジャングルのような険しい場所を歩くことはなかった。「道」とは言えないような民家と川の間の私有地か公有地かわからない狭い通路を歩いたりすることはあったが。ただこの日は、午後から雨の予報が外れて、とにかく暑かった。炎天下を三時間歩き続けるのはかなり過酷だった。行軍中に体調不良になった際の対処のしかたも考えられてはいたが、実際、熱中症が心配になったので、水分・塩分補給はこまめに行った。また普段の運動不足があって、三時間歩き続けるというのもきつかった。疲労で次第に口数が少なくなっていく。

道祖土小学校から、巨大な駒場浦和スタジアムを経て、浦和競馬場へと歩く。そしてこの行軍演劇の目的地が、川口市「上谷沼運動広場オーバーフロー」。この付近にあるいくつかの広大な敷地の施設・緑地は、藤右衛門川の流れの沿ってある。今では住宅地のなかにどかんと唐突にあるように思えるこれらの施設だが、かつてはこのあたりが広大な湿地帯だった名残なのだ。

歩いている最中は暑さと疲労でこうしたことを明瞭にイメージできなかったのだが、今、google mapを開いて歩いてきた行程を振り返ると、行軍演劇「一輪の書」公演でなにが「上演されていた」のか、その意味があらためて明らかになった。

駒場浦和スタジアムから、藤右衛門川はしばらく暗渠になる。ガイド役の青野氏の説明があったからこそ気がついたのだけれど、今は道路になっている暗渠の川筋の両脇が勾配のある「崖」になっている。このあたりはいくつもの小川がかつては流れていたのだが、川のあったところは(実はいまでも《暗渠》として流れているのだが)谷間になっていて、その両岸の部分はゆるやかな丘を形成しているのだ。現在の町並みは、かつてのその地形をそのまま利用したものがわかる。

こうして説明されれば「なるほど」と思うのだが、説明がなければあたりの風景は殺風景で平凡で面白みのない住宅地だ。かつての藤右衛門川はこのあたりでは幅6-7メートルの道路になっている。

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藤右衛門川の暗渠については、暗渠ハンターの方のブログ記事に詳しい。私たちは昨日、ここに書かれている道筋をほぼそのままたどったことになる。

https://mizbering.jp/archives/18767

まっすぐ南に延びる藤右衛門川の下は暗渠になっていて川が流れているのだけど、地上からは川の気配は感じられない。藤右衛門川通りは住宅街にあるごくありふれた道路だ。この通りを一キロほど歩いて行くと、突然といった感じで通りは行き止まりになる。行き止まりにはフェンスがあってその先が見えない。このフェンスの向こう側にあるのは浦和競馬場だった。一戸建て住宅が並ぶ街のなかにいきなり広大な競馬場があるのだ。

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浦和競馬場 https://g.page/urawakeiba?share

この競馬場は市民公園にもなっていて、競馬が行われていない日には自由に出入りできるようになっている。駒場浦和スタジアムから約2キロにわたって暗渠となっていた藤右衛門川(谷田川とも呼ばれているらしい)は、浦和競馬場で地上に姿を現し、競馬場をたてに二分する。競馬場の中央には池があった。かつてはここは沼地だったのだろう。

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浦和競馬場内にて。

与野駅をわれわれより90分遅い11時半に出発した中級コースの人たちとこの競馬場で落ち合うことになっていた。中級コースの参加者は10名以上いるとのこと。しかし彼らはなかなかやってこない。予定では13時過ぎに落ち合うはずだったのだが、中級コースの面々が到着したのは13時40分を過ぎていた。彼らを待っているあいだ、真昼の太陽が照りつける灼熱の競馬場で、富士右衛門通りの入り口にあったコンビニで購入した昼食を食べた。

中級コースの歩行距離は実際には上級コースのわれわれとさほど変わらなかったようだ。暑い中を歩いてきた中級コースの面々はバテバテの様子だった。中級コースのガイドは二人いた。一人はこのくそ暑い中、スナフキンの格好をした若い男性。もうひとりはふわふわ、よろよろ歩いてる若い女性。彼女は休憩中におもむろにミヒャエル・エンドの『モモ』の一節を朗読しはじめたのだけれど、それを気にかける人は誰もいない。

私も競馬場内で昼飯休憩を取ったものの、あまりの暑さと行軍の疲労でヘロヘロになっていて、「あ、朗読してるな」とは思ったものの、なんとなく、その朗読少女を見て見ぬ振りしていた。

浦和競馬場から最終目的地、「一輪の書」の上演会場である川口市上谷沼運動広場までは30分ほどの距離だからがんばりましょう、とガイド役の人が言う。しかし実際には参加者の疲労のためか、たらたらとした歩みになり、神谷沼運動広場の上演会場までは一時間ぐらいかかった。

競馬場から運動広場までは藤右衛門川は開渠となっているが、水は汚い。幅の広いドブ川という感じだ。巨大な鯉が何匹も泳いでいた。かつて鯉ブームがあって、そのときに放流した鯉の子孫らしい。

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上谷運動広場に着いてから、公演会場までも長く感じた。この川沿いの運動広場は、広大な遊水地として整備されたものだ、という話を聞く。川の水が増水しあふれそうになると、堰を開いてこの遊水地に水を逃がすという。しかしこれまでこの広大な遊水地が水で満ちることはなかったとのこと。

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公演会場は運動広場の先端まで歩き、そこから後戻りした場所にあった。到着時には参加者のほとんどは暑さと行軍疲労でよたよたしていたと思う。私もへたりこんだのだが、暑さをしのげる場所がない。たまに風が吹いて、若干生き返った気がする。

『一輪の書』の上演の準備ができるまで20分ほど休憩となった。

「さあ、はじまります」との声に、20人ほどの観客はぞろぞろと草生い茂る神谷沼運動広場の中央部へと降りていった。増水時にはここに水が放出され、池となる場所だ。『一輪の書』はここまでの行軍のなかで説明されてきた富士右衛門川とこのあたりの地誌が、演劇的対話によって提示される地理演劇だ。

暑さで私を含め観客はみなかなりへばっていた様子だったが、オープニングはのあ、アンジー、そして山口からやってきた女装俳優セクシーなかむらのトリオでの歌、《暗渠椿は恋の花》で無理矢理テンションを上げさせられた。

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この歌とダンスのあと、チンピラのけんかやらなんやら、『一輪の書』の本筋とは関係なさそうなドタバタコントがあって、 観客は強引にそのファンタジーに引き込まれてしまう。俳優がどんどん動くので、それを追いかけて、観客もぞろぞろと草のなかを分け入っていく。埼玉県南部の治水を語る社会科演劇、『一輪の書』は側溝のそばの大きな木の下で上演された。

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岡本かの子にちょっと似ているアンジー岡本かの子役を演じた。なんでいきなり岡本かの子と思って見ていたのだけれど、家に帰ってググってみると岡本かの子は「河明り」という短編小説で日本橋川という川について書いていて、高野竜はそこからこの劇作品の着想を得たという。岡本かの子にはここ2年ほど興味を持って読んでいるのだけれど、この小説の存在は私は知らなかった。

『一輪の書』を見るのは今回が二回目だ。今回は芝居の前に三時間の行軍での予習があったので、藤右衛門川についてのやりとりで「おお、なるほど」と理解できる部分が多かった。前に見たときは、一見なんの変哲もない土地の歴史を掘り下げて変わった芝居を書くなあ、高野さんは、とは思っていたけれど、そこで語られている内容はほとんど理解できなかった。

高野竜の戯曲は綿密な取材・調査をもとに、いろいろな情報がしっかりと書き込まれていて読み応えがあるのだけれど、実際の芝居の上演ではその内容を届けることに自体には高野さんはあんまり関心がないみたいだ。ただ戯曲がしかるべき場所で、戯曲を実体化する俳優を通して上演されることで、観客は異世界に誘なわれる。散文的な風景にさまざまな意味が付与され、違った光景を作り出される。そういう体験ができるのが平原演劇祭の醍醐味だと私は思っている。芝居の上演の現場で俳優が言ってることはわからないけれど(俳優も理解して言っているのかどうかあやしい)、とにかく楽しい。

今回は行軍演劇のレクチャー(青野さんがとにかくきっちり説明してくれ、そのミッションを果たしていた)のおかげで、「一輪の書」もより深く楽しめるようになっていた。

若い女性ふたり「のあ+アンジー」のユニット、のあんじーの存在感、個性はやはり強烈だ。こんな非現実な状況で、可愛らしいドレスを着て、日常的にはありえない川についての衒学的なやりとりをしているのだけれど、それがしっかりさまになってしまう。どんなちぐはぐなものでも無理矢理飼い慣らしてしまう強引さ、エネルギーがこの二人の魅力だ。

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今回は高野竜さんは芝居の演出には関わっていないという。高野さんの戯曲と演出はいつもどうかしているのだけれど、のあんじーは高野さんのヘンテコな戯曲さに負けない強靱さを持っている。山口県からやってきたセクシーなかむらをドブ川から登場させるし、高野さんにバケツで水をぶっかけて無理矢理洗礼を行い(のあは敬虔なキリスト教徒)、その場で台詞を渡して即興芝居させるし。高野戯曲を乗り越えようとする自由な逸脱ぶりが愉快だ。

エンディングはバケツを打楽器代わりにして、歌を歌いながらぐるぐるとまわるというもの。


平原演劇祭2020第4部「一輪の書」のあんじー


この公園での演劇公演はゲリラ的なものということで、短い役者紹介のあと、現地解散となった。

観客はそこから最寄り駅まで歩いて帰ることになった。一番近い南浦和駅までは徒歩20分ほど。Googleマップを頼りにたどり着いたが、観劇終了直後に立ち通しの疲労もどっとやってきて、この20分が長く感じた。

帰宅後、風呂に入ると日に焼けた肘がヒリヒリ痛んだ。

 

平原演劇祭2020第4部 #行軍演劇「一輪の書」については、さまざまなディテイルに言及したyoutube「コン劇」のレポートが秀逸だ。このレポートは、私とともに上級コースに参加した3人の一人によるもの。かないさんという俳優のかただ。30代の青年と冒頭で書いたが、42歳だった。一緒にまわっているときから、写真を撮るポイントや質問が「素人」離れしてるなとは思っていたが。こんなスタイルのレポートのしかたがあったとは。非常に面白いし、貴重な記録だ。かないさんのレポート自体もまた「演劇」として成立しているように思う。


リンクを以下に。


【平原演劇祭】#行軍演劇 見てきたよ!!!【コン劇配信】


【告知】7/12 #行軍演劇「一輪の書」https://note.com/heigenfes/n/n6f514ae9d069