2022/03/12(土)
科研基盤(B)「現代日本における地域市民演劇の諸相」研究グループの調査で田沢湖のそば、秋田県仙北市にある〈あきた芸術村〉に行った。ここは劇団わらび座の本拠地である。
わらび座は1950年代に原太郎が日本共産党の文化工作隊として秋田を拠点に活動を開始した劇団だ。以下、Wikipediaの記述を引用すると「1971年に「株式会社わらび座」として株式会社化。以後は劇団・劇場経営のほか、温泉、ホテル事業、地ビール「田沢湖ビール」の製造販売など多角的な経営を行なっている」。
西嶋一泰によると(「1950年代における文化運動のなかの民俗芸能 -原太郎と「わらび座」の活動をめぐって」)、「わらび座こそが、現在の民俗芸能とその周辺における多様な担い手―学校教育や大学のサークル活 動あるいはプログループなど―の源流の一つともいうべき集団」とのことだ。
わらび座行きに参加した七人のメンバーのうち、私[片山]を含む4名は、東京から飛行機で秋田に行った。羽田から秋田までの実際のフライト時間は1時間に満たない。離陸から着陸まであっという間という感じだった。12日(土)の秋田は晴れていたが、気温は一桁台でかなり寒い。道路は除雪されていたが、そのほかの場所には雪が積もっていた。秋田空港からあきた芸術村までは40キロほど。車で一時間ぐらいの距離だ。
あきた芸術村の入り口にある三角屋根の大きな建物がわらび劇場で、700人ほどの観客を収容できるらしい。芸術村の敷地の奥の方に宿泊施設である温泉ゆぽぽがある。人里離れた山の中というわけではないが、芸術村の周囲は田圃らしくて、町らしきものはない。ただ観光地である角館までは車で10分ほど、田沢湖も車で30分の距離だ。田沢湖周辺には乳頭温泉郷など人気の温泉地もある。この付近の観光ルートのなかにあきた芸術村での観劇や工芸体験などを組み入れるというのは悪くない。今回の視察も、13日(日)午前の観劇のあと、田沢湖と角館の観光をする予定にしていた。
温泉ゆぽぽの建物の外観は古びたマンションという感じだった。一階ロビーの内装は明るく広々している。われわれは朝食・夕食付きの宿泊プランだった。夕食は食堂で取る。いわゆる旅館飯ではあるが、品数もボリュームも満足できるものだった。館内は清潔感があり、内部は明るくてきれいだった。部屋はシングルの洋室だったが、狭苦しさはない。風呂は渡り廊下を渡って別棟の大浴場に行かなければならない。
20時から一階のホールでミニ・コンサートがあるというので見に行った。われわれのグループ8名の他に、宿泊客が15名ほどロビーに集まった。わらび座の俳優によるミニ・コンサートで、尺八など何種類かの笛の奏者と歌い手の二人組だった。日本の民謡とヨーロッパの民謡を数曲歌う。観客ののりがよく、手拍子もすぐ湧き上がる。15分と告知されていたが、30分近く演奏があった。
大浴場は10×5メートルほどの浴槽と5×5メートルほどの浴槽が二つあった。小さい浴槽には源泉そのままの36度の緩い湯が入っていて、大きい浴槽はおそらく42-44度くらいの熱めのお湯だった。
2022/03/13(日)
二日目は、午前中に小劇場でのミュージカル公演『だってあなたの娘ですから』を見たあと、午後は田沢湖と角館を回って、東京に戻る。公演を見る前に、あきた芸術村のスタッフのかたにあきた芸術村の施設を案内して頂いた。あきた芸術村は複合的観光施設だ。宿泊施設である温泉ゆぽぽは芸術村の奥にあり、宿泊棟と温泉棟からなる。このほか、民族芸能資料センター、森林工芸館、田沢湖ビール工場、レストラン、そして大劇場と小劇場、劇団員稽古場と宿舎が敷地内にある。森林工芸館では木工細工などのお土産品が販売されているほか、陶芸や工芸などの体験もできるらしい。民族芸能資料センターは残念ながら休館中だった。田沢湖ビールは地ビールとしてよく知られているらしい。その工場が芸術村内にある。
あきた芸術村には、大劇場のわらび劇場と小劇場の二つの劇場があり、2021年度は4月から11月までは大劇場で公演が行われ、11月から3月までは小劇場で公演が行われている。現在、公演がなく、休館中の大劇場のなかも案内して頂いた。大劇場は700人収容できる規模だ。舞台の奥行きは非常に深い。高さも幅もゆったりしていた。今は取り払われているが、かつては花道も設置されていたようだ。建物は1974年に建てられたもので、外装、内装ともに老朽化している様子が見て取れる。劇団わらび座は一年を通して、週に4-5日ぐらいのペースで公演を行っている。劇団わらび座に限ったことではないけれど、2020年3月以降、2年近く、まともに観客を入れて公演ができないということのダメージの大きさを、がらんどうの暗い劇場のなかでようやく実感できるようになった。劇団わらび座の創始者、原太郎の言葉、「山は焼けてもわらびは死なぬ」が、わらび座の標語のようになっていて、劇場内の壁にもこの言葉が刻まれていたが、昨年末、民事再生法の適応を受け、株式会社から一般社団法人として再出発する劇団わらび座は、まさに焼け野からの再生を目指している。レジャー施設としては若干時代遅れになっているのかもしれない。それでも1970年代初頭から、演劇を核とするエンターテイメント・リゾートを志向していたというのは先進的であるし、それが現在まで継続しているのはすごいことだ。
劇団わらび座では、地元秋田の歴史や人物に取材したオリジナル・ミュージカルの上演を行っている。レパートリー化した作品を繰り返し上演するのではなく、毎年2本ほどの新作上演を行っているのがすごいところだ。われわれのグループを案内してくれたスタッフの方の話によると、劇団わらび座には固定客が多く、同じ演目の上演だと動員が落ちてしまうため、新作主義になったのだと言う。かつてはレパートリー作品の再演を行っていた時期もあったようだ。
小劇場で上演された『だってあなたの娘ですから』の開演時間は10時半からだった。13時半に公演開始の日もある。11月末から4ヶ月にわたって60回以上、同じ演目で公演ができるというのはすごいことだ。今期は新型コロナウイルス感染拡大のため、上演中止を余儀なくされた日もかなりあったみたいだが。こういう同一演目の長期間公演を行っているのは、わらび座以外では、日本では、劇団四季、宝塚ぐらいではないだろうか?小劇場の収容人数は150名。座席は階段状で舞台を正面から見下ろすかたちになっている。新型コロナウイルスの感染対策のためか、ゆったりした座席配置になっていたが、ほぼ満員だった。私たちのような泊まりではなく、秋田県内から観劇+食事+温泉でやってくる客が多いようだ。
われわれが今回見た小劇場でのミュージカル、『だってあなたの娘ですから』は俳優が3名だけの小規模なミュージカルだ。南極大陸探検で知られる白瀬矗中尉の帰国後を、白瀬の娘と妻の視点から描いた喜劇ミュージカルだった。ちなみにわらび座は、2012年に上演された秋田の県民ミュージカル『白瀬中尉物語』の制作にも関わっている。『白瀬中尉物語』の作・演出は、わらび座所属の栗城宏で、彼は今回私たちが見た『だってあなたの娘ですから』の作・演出者でもある。中心となる登場人物は、白瀬矗の娘の武子、妻のやす、そして白瀬矗の三名だが、三人の役者がその他の脇役・端役も早替わりで演じる。上演前には舞台上のスクリーンに白瀬矗の南極探検についての当時のニュース映像が映し出されていた。数分間の短いシーンが次々とテンポ良く展開していく。上演時間は90分ほどだったが、エピソードがぎゅっと凝縮された密度の高いエンターテイメントだった。ヒロインの白瀬武子役を演じた久保田美宥が可愛かった。『エミリー・イン・パリ』のリリー・コリンズを思わせる顔立ち。プロの俳優とスタッフによる明るく、楽しいファミリー・ミュージカルの王道のような舞台だった。観客席の雰囲気の作り方もうまく、観客は舞台での表現によく反応しているのを感じ取ることができた。
『だってあなたの娘ですから』のあとは、夕方の飛行機の時間まで近隣の観光をした。しかし天候は雨で寒い。そしてメンバーのうち半数が傘を持ってきていなかった。東京が暖かくなっていたこともあり、私は冬用の上着も持ってきていなかった。とりあえず車で30分ほどのところにある田沢湖に向かった。日本一の深さがあり、コバルトブルーの湖水で知られる田沢湖だが、寒空の雨の下では単なる灰色の湖に過ぎない。傘もないし、雨が降っていて寒いので、わざわざ車から降りて灰色の湖を眺めても仕方ない。結局、車で田沢湖を一周しただけ。それでもせめてここに来た足跡を残さねばと思い、雨のなか、田沢湖の名所のひとつだという「たつこ像」のそばで写真を撮った。たつこ像周辺に観光客の姿は我々以外にはなかった。
「たつこ像」の前で写真を撮ったあとは、武家屋敷の町として知られている角館へ向かった。雨はだんだん強くなる。角館のそば屋で昼食。このそば屋は悪くなかった。せっかく角館に来たのだから、武家屋敷をひとつくらいは見学しようということになった。駐車場がなかなか見つからずうろうろと無駄に車を走らせる。町営駐車場に車を止め、武家屋敷に向かうが、傘を持っていないメンバーはずぶ濡れになった。飛行機の時間が迫っていたし、雨のなかを傘なしで歩くのがつらかったので、一番近くにある武家屋敷に入ることになったが、日曜日なのに開館しておらず、結局、門の軒先で写真だけ撮って、車に戻った。雨の日の観光プランを事前に考えておくべきだった。