閑人手帖

このブログは私が見に行った演劇作品、映画等の覚書です。 評価、満足度を☆の数で示しています。☆☆☆☆☆が満点です。★は☆の二分の一です。

2019年9月1日(日)『川北長治』@高山市荘川町、黒谷白山神社前夜祭


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黒谷白山神社の舞台
 
【2019年8月31日(土)】
中京と北陸を結ぶ東海北陸自動車道のほぼ中央、富山、石川、岐阜の県境をなす白山のふもとに荘川(しょうかわ)という人口1500人ほどの町がある。平成大合併で2005年に高山市の一部となった。郡上八幡、高山、白川郷という有名観光地の間にある荘川は、川沿いに伸びるなんの変哲もない日本の田舎だ。
地域素人演劇研究グループのメンバーである民俗学研究者のHに同行して、荘川の神社で9月のはじめに上演される村芝居の調査に行かないかとグループリーダーのHBNKから問い合わせがあったのは8月の最終週だった。私はHBNKから連絡があるまで、荘川の村芝居どころか、この町の名前さえ聞いたことがなかった。研究グループにはこの村芝居の調査については私より適任者はいるのだけど都合がつかず、予備知識ゼロの私がこの調査に赴くことになった。
 
民俗学者のHは兵庫県多可町の箸荷(はせがい)の素人連中によるヤクザ芝居の上演を継続的に調査していて、昨年秋は研究グループ全員で箸荷に赴き、ヤクザ芝居の上演を見てきた。ヤクザ芝居とは、大衆演劇などでかかる放浪の任侠ヤクザが登場人物の芝居だ。箸荷のある播磨地方は地歌舞伎が盛んなところなのだが、箸荷では歌舞伎ではなく、ヤクザ芝居の上演を行っているのだ。こうしたヤクザ芝居は昭和20年代には、青年団による村芝居として日本各地で上演されていたようだ。私の父の郷里である兵庫県北部の但馬地方の寒村でも、青年団によるヤクザ芝居の上演が年に一度あったと言う。
青年団による農村素人芝居は昭和30年代になると廃れてしまうが、箸荷では長い間行われなくなっていたヤクザ芝居を1993年(平成5年)に復活させ、以後二年に一度、上演を続けている。
 
地歌舞伎の公演は日本のさまざまな場所で行われ、伝統芸能ということで自治体からの保護もあり、比較的よく知られている。しかし任侠ヤクザ芝居を素人が継続的に上演を続けているのは珍しい。箸荷以外にもヤクザ芝居の上演は地方紙などでちらほら報道されているが、継続的に長い期間やっているところはそんなになさそうだ。
昨年、箸荷のヤクザ芝居を見たあと、他にもこうしたヤクザ芝居の上演をやっているところがないかとHが調べたところ、出てきたのが荘川の村芝居だった。歌舞伎や神楽などと違って、ヤクザ芝居は伝統芸能ではないので、研究者や地域自治体の関心も低く、その地域の外に案外情報が出てこないのだ。
 
民俗学者として箸荷のヤクザ芝居を調査してきたHも荘川についてはほとんど知識がなかった。毎年9月はじめに荘川内の4つの神社に日をずらして上演が行われていることはウェブで確認できた。上演日は神社によって毎年決まっていて、週末公演ではない。たまたま今年は最初に上演を行う黒谷白山神社の上演日である9月1日が日曜だったので、それに合わせて荘川に行くことになった。
 
黒谷白山神社の村芝居は、例祭の前夜祭の枠組みのなかで上演される。Hのプランでは例祭前日の8月31日(土)に荘川に入って、前日の稽古を見学し、代表者にできれば取材をしたいとのことだった。取材と言ってもつてがないので、Hは荘川町の観光協会に電話をかけ、村芝居の代表者の連絡先を聞いたそうだ。1日の公演の出演者につないでもらったのだが、祭の前日は大変忙しいため、取材に応じることができるかどう微妙ということだった。とりあえず酒などのお土産ものを持って前日に公演会場に行き、稽古の見学を申し込むということにした。
 
8月31日(土)、関西在住のHとは13時に名古屋駅で待ち合わせ。この日の朝に、芝居の出演者からHに電話があって、頭取から見学の許可が出たことが知らされたとのこと。名古屋からレンタカーで荘川に向かう。荘川までは2時間ぐらいかかった。荘川に行く途中にある郡上八幡に7月はじめにやはり地域素人演劇研究グループで行ったのだが、「小京都」と呼ばれ古都の風情がある郡上八幡とは違い、荘川は本当に平凡な田舎だ。父の郷里である兵庫県但馬地方の山間の村落の風景とよく似ている。とりあえず観光案内所に寄るが、観光案内所は休みだった。荘川の観光地図を貰い、とりあえず芝居会場の黒谷白山神社に向かった。稽古は夜8時頃からと聞いていて、その頃に行くとHは伝えていたそうだが、上演会場の神社の様子を昼間に確認しておき、準備で誰かいれば挨拶しておこうということにしたのだ。
 
黒谷白山神社は、ゆるやかな山の斜面にあった。境内は広めの保育園の園庭ぐらい。高い場所にある拝殿にむかって左手に芝居小屋がある。荘川では四神社で芝居公演が行われるが、いずれも常設舞台で、大きさ作りはほぼ同一のようだった。芝居小屋の舞台は本殿に向き合うかたちになっていて、下手には斜めに花道が設置されていた。芝居小屋の間口は10メートルくらいか。奥行きも同じくらいある。小屋は斜面に建っていて、後方に下階があり、その下階部分が楽屋になっていた。客席は露天だが、巨大なテント屋根で覆われていて雨の日でも観劇できるようになっていた。客席は山のゆるやかな斜面で舞台を見下ろすようになっていて、舞台が見やすい。客席は芝で覆われていて文字通り「芝居」となっている。300人ぐらいの観客収容力がある。
舞台正面は開かれていて、舞台美術が見えた。予想外のしっかりとした作りの芝居小屋を見て、一気にテンションがあがる。若者数名がテント屋根の設営作業をしていた。舞台周りと境内を見学し、作業していた人に挨拶をしてまた夜の稽古時に見学に来ることを告げた。

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黒谷白山神社芝居小屋。後ろ側から。一階部分が楽屋になっている。
黒谷白山神社から宿に戻る道の途中に、黒谷神社の翌日に芝居上演が行われる一色白山神社があるので、そこにもついでに寄ることにした。一色白山神社は田のただ中の平地にあり、背後は高い木々で囲まれている。拝殿の前には、ほぼ能舞台と同じ大きさの正方形の神楽殿(おそらく)があった。芝居小屋は黒谷神社同様、拝殿から見て右手に建っていた。先に述べたように芝居小屋は常設で、その構造、大きさは、黒谷神社と変わらない。こちらには準備の人はいない。舞台も閉じられていて中の様子をうかがうことはできなかった。

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一色白山神社の神楽殿(?)
このあと9月14日に芝居公演が行われる荘川神社にも寄って、芝居小屋を確認した。荘川神社を見たあと、ホテルにチェックインする。

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荘川神社の芝居小屋
 
ホテルの手配もHが行った。荘川町の川沿いを走る国道のそばにある銀花という宿だ。荘川は観光地ではないけれど、宿泊施設は数件ある。楽天トラベルやじゃらんなどのウェブサイトには掲載されているけれどウェブを通した予約はできず、電話で予約をとったそうだ。ここはちょっと奇妙なホテルだった。外装は洋風だがかなり古びていて傷んでいる。パステル調の色合いで壁が塗られているが一昔前の洋風ペンションに和風がかかったような感じだ。入り口の周りは工具などが無造作に置かれていて、見栄えにはあまり気を使っていないようだ
チェックイン時に支払いを求められた。支払いは現金のみ。一泊9000円弱ということで、「お、案外高い!」と内心思ったが、これは朝夕二食付きの値段で、しかもその食事がボリュームがあって美味しかった。中華のレストランもやっている。レストランの名前は《プティ・レストラン ミニオン》とフランス語だ。オーナーが長野県で修行していたレストランがフランス系だったとのこと。ただしレストランで出す料理は中華系が主。オーナーとその娘さんの二人で切り盛りしている。娘さんはまだ若いが2歳の子供のお母さんだ。オーナーも娘さんもニコニコしていておだやかで感じがいい。
宿飯は飛騨牛のすき焼きなど(美味しかった!)や焼き魚など多数のおかずが並ぶ旅館飯だが、ボリュームがあって美味しかった。朝ごはんもがっつり出る。部屋は洋室だったが、絨毯にはしみついた汚れがあり、壁紙も古ぼけている。ベッドの上にはふとんが敷いてあり、浴衣も用意してある。テレビはない。フランスの地方の駅前の安ホテルを連想させる。「カーテンレールに服を吊るさないで下さい」という張り紙があった。この張り紙は廊下にも貼ってあった。風呂トイレは共用だ。風呂はかなり広い。24時間入浴可能。客室は二階だったが、一階に降りる階段の踊り場には、なぜか紀子様の写真が飾ってあった。
 
夜8時頃から芝居稽古が始まるとのことだったので、その15分ほどまえに黒谷白山神社に赴いた。舞台の幕は開いていて、舞台上は照明で照らされていたけれどまだ誰も来ている感じがない。客席から舞台をぼーっと見ていたら、20時過ぎに下から登ってきた人がいたので「今日は見学させてもらいます。よろしくお願いします」と挨拶した。8時20分ごろになっても舞台上で稽古が始まる気配がない。芝居小屋をぐるりと一回りしてみると、舞台奥の舞台からみて一階下にある楽屋に人が集まっている様子がうかがえたので、入り口の板の引き戸をあけて楽屋を訪ねた。楽屋には10人ぐらいの人がいた。

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黒谷白山神社の舞台幕。芝居小屋の名前は開明座。
 
村芝居の上演を取り仕切る頭取がHと私の相手をしてくれた。慌ただしい祭の前日に見ず知らずの人間であるわれわれが突然訪問して迷惑ならないだろうかと恐る恐る楽屋を訪ねたのだが、30代半ばの頭取(見た目はもっと若く20代に見えた)は愛想よく我々につきあい、質問に答えてくれた。向こうもこちらがどのような目的でやってきたのかわからない得体のしれない人間なので訝しく思われたかもしれない。しかしこんなに付き合っていただけるのであればインタビューの準備をもっとしておくべきだったとあとになって後悔する。さっと挨拶するだけであとはじっと稽古を見ているだけになるかなと思っていたので、インタビューの録音もしていなかったし、頭取や「師匠」の写真、楽屋の写真も撮らなかった。
 
記憶に基づく覚書だが、頭取からは以下のような話を聞いた。
  • 芝居は各自神社の若連中によって行われる。人情時代劇と舞踊ショーの二本立て。若連中には女性もいる。
  • 芝居の演目は受け継がれてきたレパートリーがあって、それを回していく感じ。毎年演目は変わる。今年は受け継がれてきたレパートリーではなく、新しい演目に挑戦した。
  • 頭取は芝居を含む黒谷神社前夜祭を取り仕切る責任者。頭取は毎年変わる。
  • 昭和50年(1975)以来の上演演目と出演者の一覧記録があり、撮影させてもらった。大昔は歌舞伎を上演していたらしいが、いつから人情時代劇上演になったかはよくわからないらしい。祭自体は江戸時代から300年近い歴史があるとされる。
  • かつらや刀などの小道具は、「興行」から借りるとのこと。演技の指導も「興行」の人が行うようだ。主演役者は毎年変わる。
  • 芝居の稽古は二週間前から始まる。毎日夜に行う。「師匠」と呼ばれるOBのかたの指導が入る。
  • 若連中は黒谷神社氏子で、だいたい18歳から40代半ばまで。黒谷の氏子全員が若連中として芝居に出るわけではない。声掛けして誘うとのこと。
  • 若連中は勤め人がほとんど。芝居稽古は毎晩仕事が終わってから行う。奉納芝居は日付で決まっているので毎年週末になるとは限らない。仕事より芝居優先で、奉納芝居のときは何日か休みを取る。

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前日稽古風景


このあとの稽古見学や本番を見てわかったのだが、芝居と舞踊ショーのスタイル(演出や音楽の選択や使い方)は、モダン大衆演劇のスタイルを踏襲したものだ。普段の稽古はOBの「師匠」が立ち会って指導が入ることが多いようだが(本番前日の稽古でも「師匠」からはかなり細かい指示が入っていた)、小道具なども借りる「興行」が芝居上演にどのような関わりかたをしているのか、「興行」とはなにか?、荘川の他の集落でも同じ「興行」が入っているのかなど確認しておきたかった。舞踊ショーなどを見ても、大衆演劇スタイルの舞踊の師匠がいて、出演者の多くは稽古事としてふだんから習いに行っているように思われた。
あとはこの村芝居の費用についても聞き漏らした。どれぐらいの予算でやっているのか。芝居は神社の例祭の前夜祭のなかで行われる余興なので、観劇料は取らない。出演者や裏方にギャラは出ないだろうが、それでも設営や衣装、照明などかなりの出費があるはずだ。祭当日にはいろいろなところからのご祝儀の札が貼られたが、そこにある金額を合計すると100万近くにはなっていた。とりあえずこの祭当日のご祝儀だけでやっていっているのだろうか。
村芝居でのヤクザ芝居の上演は昭和20年代にはほうぼうの村落で行われいたようだが、それが継続的に現在まで行われている例はかなり珍しいはずだ。しかも荘川村内にある四集落でである。数年前から高山市の観光局のウェブページなどで荘川の四神社の村芝居の広報が行われ、外にも知られるようになったらしいが、作り手はもちろん、観客もほぼ全てが出演者の知り合い、集落の住民という閉ざされた演劇だ。
 
頭取からは四〇分ほど話を伺った。そのうちに舞台上で稽古が始まったので、楽屋から客席に移動して稽古の様子を見学した。明日の演目は大衆演劇でとりあげられる『川北長治』。前日夜のこの日には通し稽古があると聞いた。しかし主演俳優が仕事のため夜の十時にならないと到着しないと言う。主演役者がいないと通し稽古ができないので、それぞれの役者が自分の出る場面や舞踊ショーの稽古を思い思いにダラダラとやっていた。舞踊ショーで踊る女性が若くて実に可愛らしい。これは人気があるに違いない。踊りも上手だ。音楽はポップス調の演歌で、大衆演劇でよく使われるようなものである。
 
十時すぎに主演俳優が到着。通し稽古がはじまった。一通り通しすが、芝居のリズムはいまひとつぎごちない。台詞がちゃんと入っていない俳優もいた。しかし通し稽古が始まると、それまでの弛緩した雰囲気がさっと改まる。「師匠」が舞台袖からかなり細かい演技のダメ出しをしていた。通し稽古をひととおり終えたあとも、立ち回りの場面やらうまくいかなかったところを中心に稽古が続く。半袖の服装で座ってみていたが夜の野外の冷え込みは思っていた以上だった。ただ稽古の途中で抜けるのは、稽古の熱気に水を指してしまうな気がしてトイレを我慢しながらずっと見ていた。稽古が終了したのは深夜0時を過ぎていた。最後まで稽古につきあったことで、頭取や座員からもちょっと信用されたような気がした。
 
【2019年9月1日(日)】
黒谷白山神社の前夜祭当日で、芝居上演が行われる日だが、前夜祭の開始は19時からとなっていて、日中は予定がない。前夜祭には11時ごろから場所取りが行われると聞いたが、あいにく場所取りようのシートなども持ってきていなかった。混雑の具合がわからないが、11時に神社に行って場所を確保し、それから夜までそこにずっといるのは不毛に思え、日中は荘川近辺を観光して時間をつぶすことにした。
荘川まで来ると車がないとどうしようもない。村内の移動も川沿いに東西に村が長く伸びているので、歩きだと大変だ。今回はレンタカーを利用し、運転はHまかせだ。私も免許は持っているのだが、もう15年以上ハンドルを握ったことがないペーパードライバーで、運転できる気がしない。今回の取材では車移動の利便性をあらためて認識し、自分の役たたずぶりを情けなく思った。ペーパードライバー講習を受け、レンタカーなどを運転できるようになりたいと思った。
荘川から30キロほどのところに有名な合掌造りの集落、白川郷がある。その途中にはダム湖荘川村の数集落が湖底に沈んだ御母衣湖と集落から移植された樹齢400年の荘川桜がある。御母衣ダム建設と荘川桜については、ウィキペディアに詳しい記述があった。https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BE%A1%E6%AF%8D%E8%A1%A3%E3%83%80%E3%83%A0
せっかくここまで来たのだからということで、午前中はこれらの地を周ることにした。白川郷では外国人観光客のすがたが目立った。お土産もの屋が多くてテーマパークのように生活感に乏しく、人工的な風景に見えた。このなかには一般の住居も混じっているらしく、観光客が立ち入ったりすることもあるそうだ。御母衣ダムと荘川桜のそばの山の斜面には、ダム建設の際に作られた電源神社があり、そこにお参りもした。電源神社というのはかなり変わっているなと思ったが、この他にもダム湖の周りにあるそうだ。階段を上ると、物置サイズの祠があるだけ。狛犬はいた。
 
昼飯はダム湖を抜けたところにある蕎麦屋に入った。グーグルマップでの評価が高い。人気のある蕎麦屋で入店待ちの客が数組あった。「ネギ大根劇場」という看板が蕎麦屋の駐車場にあって矢印があるので、一体なんだろうと思って矢印の方向を歩いていくとネギ畑と倉庫があるだけだった。倉庫に「ネギ大根劇場」とペイントしてあったので、倉庫を開けると農機具が入っているだけ。蕎麦屋の親父に「いったいあのネギ大根劇場ってなんですか?」と聞くと、満足げな笑顔で「おお、行ったか。ネギ畑があっただろう。大根は抜いたばかりでないけど。あそこで取れたものを店ではつかっているんじゃ」と言う。「劇場って?」「だからネギ畑と大根畑。ああやって看板出しとくと、何やろう?と興味もって来るやつがいるから。宣伝みたいなもんじゃ。あれで地元テレビの取材も来たんだ」とのこと。そばはもりそば並盛りが1200円、大盛り2000円とかなり高かった。美味しいそばではあったが。
 
昼食後も前夜祭開始時刻まではだいぶ時間がある。9月はじめに奉納芝居が行わる四神社のうち、昨日行くことができなかった。野々俣神社に行くことにした。野々俣は荘川でもかなり山を上った奥まったところにあり、他の集落からは孤立している。奉納芝居・祭礼は9月3−4日だが、昼間の神社には人はいなかった。神社は山の斜面にある。芝居小屋の作りと大きさは他の神社とほぼ同じ。観客席となる部分にはテント屋根が設置されていた。荘川の村芝居はすべて神社の境内に建てられた常設の芝居小屋で行われているというのが驚くべきことだ。芝居小屋は何十年に一回は建て替えられている。維持費もそれなりにかかるにちがいない。一年に一度の奉納芝居のために、常設の芝居小屋を建設し、維持しているというのがすごい。
かつては今、奉納芝居が行われている四神社以外の他の集落の神社でも奉納芝居が行われていたのだろうかというのが気になった。時間の余裕もあったので、荘川町内の神社で祭礼だけが行われる神社も回ってみることにした。荘川の東にある三尾河白山神社と六厩白山神社を訪ねた。どちらの神社の集落も小規模で、神社も祭礼間近にもかかわらず打ち捨てられたような感じだった。奉納芝居が行われないこの二神社には芝居小屋も芝居小屋があった形跡もなかった。しかし六厩白山神社には、昨日昼に訪ねた一色白山神社同様の神楽殿があった。

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六厩白山神社の神楽殿(?)
 
六厩神社のそばにあるくるまーと六厩という駐車場に村の重要文化財という飛騨の匠が作った千鳥格子地蔵堂があるというので見に行ったが、どうってことはなかった。駐車場で存在感を発揮していたバイパス開通記念のモニュメントの巨大石碑を見て、「こんな芸術性も高そうにないモニュメントをバイパス開通したからといって、わざわざ大金をかけて作ろうっていうのはどういう了見なのだろう?」と思う。
そのあと、村を貫く街道沿いにある「日本一の五連水車」(一番巨大な水車が直径13メートル)を見て、ホテルに戻る。
 
ホテルで早めに夕食をとったあと(やはりボリュームがあって、多彩で、おいしかった)、奉納芝居を見るために黒谷白山神社に向かう。午後7時開演とチラシに会ったのでその20分ほど前に行った。神社の横にある公民館のような建物から山車が運び出され、移動していったが、その方向はなぜか神社と逆方向に向かっている。ぐるっと集落を回ってから神社にその山車は運びこまれることがあとになってわかる。
前夜祭の境内には夜店も出ていた。芝生の客席にはブルーシートが敷かれ、その上には場所取りの敷物が置かれていた。私はその敷物が敷かれていない舞台前方に座る。この舞台前方席は実は神社の若連中用だったことがあとになってわかる。まあ一人分ぐらいのいいだろう。
予告されていた午後7時の開演時間になっても始まらない。実際にプログラムが始まったのは午後8時前だったように思う。
奉納芝居と舞踊ショーだけかと思っていたら、そうではなかった。
まず氏子総代の挨拶があった。これはごく短いもの。前夜祭の取り仕切りは、若連中が行うようだ。高山市長代理で来た高山副市長の挨拶がそれに続く。「高山の祭は十月ですが、九月は荘川の祭の月ですから、残りの祭にも来させてもらいます」というようなことを言って、客席から差し出された缶ビールを一気飲みした。観客は300人ほど。もちろん飲み食い自由だ。小さい子供から老人まで。私のいた前方席は若連中たちの場所でもあったため、客席の盛り上がりがすごい。Hは撮影のため後ろの方で見ていたが、舞台から遠い席はそれなりにクールだったとのこと。
 
プログラム構成は挨拶のあとは、まず獅子舞が30分ほど。いくつかの演目が踊られる。獅子が一匹のこともあれば、数匹の獅子が舞台に並んで踊ることも。小さな子どもたち数人が舞台下手の花道のところで、小さな獅子舞を手にして舞台上の獅子の動きを真似していた。ウィキで調べてみると富山、石川、岐阜のこのあたりは獅子舞がとりわけ盛んなところのようだ。荘川では十月に30頭の獅子による連獅子が名物になっている。
獅子舞のあとは舞踊ショーの第一部。第一部は小中学生のソロ舞踊だ。舞踊の音楽と振り付けは大衆演劇の舞踊ショーと同じもの。面白いのは各人の舞踊が終わると、花道からどどどっと数人の子供がプレゼントを渡しに舞台に駆け寄り、演者は抱えきれないほど大量の贈り物を持って舞台から退場するという趣向だ。観客や花道にプレゼントを贈るために待機している子どもたちからの声援も演技中にかかる。照会のアナウンスも実に手慣れた感じで、ユーモラスな修辞と口調で演者を紹介する。5人の小中学生が和装で踊った。

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開明座の幕。明治31年とある。
 
奉納芝居、時代人情劇は舞踊ショーの後にある。上演時間は90分ほどだったように思う。演目は『川北長治』。昨晩の通し稽古では、リズムが悪くもたもたした感じがあったけれど、本番の今日はさすがにきっちり決まっている。観客はつまらないギャグにもことごとく反応するので、役者たちもそれを受けて気分が乗っているのが感じ取られた。客席の反応がいいので、アドリブなどもなめらかだ。でも馴れ合いでぐずぐず芝居を崩したりはしていない。芝居の骨格はきっちり演じ切ろうとしているので、ダレた感じはなかった。昨晩はぎごちなくて何回も稽古していた見せ場の立ち回りも見事に決まった。主演俳優の男っぷりはプロさながら。唯一の女性、茶店の娘を演じた役者も可愛らしかった。

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『川北長治』上演場面

 
前夜祭のメインプログラムである芝居が締めかと思えば、芝居はプログラムの真ん中に置かれていた。芝居の後、中入りがあり、そのあとは口上。そして大入り福袋を客席に盛大にばらまくという趣向があって、客席が沸く。私は小さい大入り袋を手に入れた。中にはおかしが入っていた。大きな福袋は手提げの紙袋だ。最後に投げられた特別の福袋を手にした観客(小学生の女の子)が、テントの上に吊るされたくす玉割役に任命された。

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大入りの福袋の投げ込み。
この後にまた獅子舞が挿入される。獅子が赤い下をだして自分の足の裏やお尻をなめて気絶するというユーモラスなもの。小さな子どもたちが花道で、小型の獅子を手にして舞台の様子を模倣してみせるのも、最初の獅子舞のときと同じ。
そのあとに大人の舞踊ショー。二人舞踊を含み5組が踊った。舞踊ショー第二部のあとに、前夜祭を取り仕切った若連中一同による締めの挨拶があった。「お楽しみいただけたと思います」という頭取の言葉に大きな拍手。若連中は大役を終えてほっとした喜びに満ちていた。
若連中の締めの挨拶のあと、客席から人が立ち退場していると、舞台上では獅子舞の代神楽が前夜祭の終わりを締めくくった。
終焉時刻は23時を過ぎていた。
 
これぞ伝統的な共同体の祭という雰囲気に心奪われる。地域の人たちのための地域の人たちによる芝居だ。熱気と高揚感、一年に一度の共同体の祝祭での盛大な浪費の解放感にしびれる。若連中がとても楽しそうに、そして誇らしげに村芝居に関わっているのも印象的だった。荘川町では、毎年9月1日に今回私が見た黒谷白山神社で奉納芝居が行われるほか、2日は一色白山神社、3日には野々俣神社、そして日がしばらくあいて9月14日は荘川神社で奉納芝居が上演される。同じ村の四神社で同じ時期に芝居上演を行うということでライバル意識が芽生え、それが芝居への取り組みの熱意とクオリティの高さにつながっているのだろう。上演されるのはすべて大衆演劇スタイルの人情時代劇とのことだ。いずれこの四神社の芝居すべてを見てみたい。
 

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若連中の締めの挨拶。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

平原演劇祭×のあんじー『カチコミ訴え』『女の決闘』@麻布霞町教会

教会演劇

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のあんじー(アンジー×栗栖のあ)の『駆込み訴え』は、二週間前の8月4日に千葉屏風ヶ浦で野外公演が行われている。この公演では二人はロリータ・ファッションでこの作品を上演した。残念ながら私は見に行くことができなかったのだが、ツィッター上の報告で確認した灼熱の海岸で奇矯なメイクとロリータ・ドレスで演じる二人のビジュアルはインパクトがあった。

今回の公演はもともとは厨房ごとレンタルする食堂を会場にした夕食演劇として予告されていたが、どういう経緯があったのかわからないが、プロテスタントの教会を会場とする教会演劇として牧師の説教付きで上演されることになった。

『駆込み訴え』は十二使徒のひとり、ユダが師であるイエスを告発する一人語りだ。ユダは語らずにはいられない、彼がイエスに対して抱く激しい愛憎のすべてを。ユダは語りのなかで、どうにもコントロールできないイエスへの感情の強さに悶え苦しみ、そして陶酔する。

 

福音書を題材とする小説なので、教会で上演するのはふさわしい作品かもしれない。上演中、ユダを演じる俳優の視線はときおり教会正面に掲げられた十字架に向けられた。教会内で演じることで、ユダの倒錯はより効果的に提示される。ユダは告発しながら、イエスの視線を意識せざるをえない。

しかしイエスと弟子たちというホモソーシャルな集団のなかでの師への同性愛的ともいえる愛情を激しく吐露する太宰の『駆込み訴え』は、教会的には許容されうるものだろうか。

そして原作ではユダのモノローグである作品は、今回の上演では二人の若い女性によって演じられる。

麻生霞町教会での『駆込み訴え』上演では、オイレンブルク作・森鴎外訳の短編小説『女の決闘』がそのなかに組み込まれた。鴎外訳の『女の決闘』は、人妻が夫の不倫相手の女子学生と拳銃での決闘を行う話である。この短い小説にコメントを挿入した解説小説を太宰は出していて、『女の決闘』を表題とする短編集を1940年(昭和15年)に出している。この短編小説集『女の決闘』に「駆込み訴え」は所収されている。

 

平原演劇祭で高野竜はこのような複数の作品の融合をしばしば行う。『女の決闘』はのあんじーとは別の二人の女優(おいかわ、さいとうれいな)によって演じられた。

開演は20時だった。15分ほど前に会場に入ると20人ほどの観客がいた。直前まで上演場所、日時がはっきりせず、広報が不十分であったわりには、多くの観客が集まった。入場料は1000円+カンパで終演後に集められた。

 

今回出演する4人の女優はすべてこの3月に高校を卒業したばかりだと言う。女優4名は上演前に会場内に姿を晒していたが、そのなかでアンジーとおいかわのビジュアル・インパクトはすでにこの教会空間で異彩を放っていた。二人共かなり太めで大柄の女性だ。深夜の郊外のドン・キホーテ店内をウロウロしていそうなオーラを放っている。アンジーはピンク色に染めた髪で「ズベ公」的なのっそりとした迫力を発散している。おいかわは刈り上げの金色に染めた短髪で顔には多数のぴあすが。鋭い視線が印象的な彼女の風貌は80年代後半のイギリスのテクノ・ポップ・デュオ、ヤズーのアリソン・モイエを連想させた。彼女たちの雰囲気はいかにも教会にはそぐわない。

最初はおいかわによる『女の決闘』から始まった。さきほど確認したのだが、鴎外訳の『女の決闘』のおそらく最後の部分、女学生を決闘で殺害した人妻から牧師にあててかいた手紙が教会の説教壇から読み上げられた。明瞭な発声での朗読だったが、いきなり鴎外訳で宗教的懺悔といってもいいような内容のテクストを読み上げられても内容が頭に入ってこない。金髪短髪のピアスだらけの疑似アリソン・モイエがそのようなテクストを教会で読み上げる。ミスマッチ感がすごい。

 

『駆込み訴え』は、ユダの台詞がピンク髪のズベ公アンジーと長身、黒髪ロングののあにルーズに振り分けられている。彼らはイエスを組長とするヤクザの組の舎弟という設定だ。そういえばつかこうへい原作の映画で『二代目はクリスチャン』というのがあったことを思い出す。ホモソーシャルな疑似家族ということで、イエス十二使徒の進行集団をヤクザの親分とその舎弟たちという関係になぞらえるという発想はわからないではない。アンジーとのあの二人はイエスの教団のパロディであるヤクザ組織のパロディを実にうまく表現していた。あとで聞くと演出の高野竜からは教会版『駆込み訴え』は「任侠もの風に」という指示があったそうだ。

それで背広にさらしという「一世風靡セピア」風衣装に。あとはイタリアン・マフィアのアル・カポネを意識した葉巻。とにかく18歳の若い女優が想像力を駆使して「ヤクザ」っぽい紛いものの役柄を作ってみた感じだ。その紛いものヤクザの大胆で開き直った嘘っぽさがおかしい。太宰のオリジナルのテクストと自由な翻案とそしてその場ののりで発展させたアドリブを織り交ぜながら、イエスに激しく恋い焦がれつつ、その思いを屈折したやり方でしか表明できないユダの悶えを、漫才のようなやりとりのなかで表現していく。

これも後でわかったことだが、アンジー太宰治の大ファンでのあは敬虔なクリスチャンとのこと。アンジーは役柄に入り込み、どんどん調子に乗っていく感じがわかる。しかし調子に乗っていながらも、それがもたらす効果はしっかりと計算していることが伝わってくる。見た目に反して、実は繊細でクレバーな演技だ。のははヤクザ芝居のなかにも生来の生真面目さが見え隠れする。しかしその生真面目さは、この『カチコミ訴え』をプロテスタント教会で牧師説教付きで上演してしまうというズレへと結びついてしまう。見に来た観客に『駆込み訴え』のエピソードの該当部分を付箋で示した聖書を配布するという真面目さ。彼女は太宰のこの小説をキリスト者として真摯に読み込んでいったのだ。そしてその結果がヤクザ芝居の少女二人による福音書劇。

中世の受難聖史劇が福音書を題材としつつも、奇想天外なトンデモ・スペクタクルに変容していったのを連想させる。

この二人の掛け合い漫才的な『駆込み訴え(カチコミ訴え)』に『女の決闘』の決闘場面が強引に押し込まれる。おもちゃのピストルを使った派手で無意味な決闘シーンに大いに笑う。

 

これらのデフォルメにもかかわらず平原演劇祭×のあんじー『カチコミ訴え』は、確かにまっとうな『駆込み訴え』であり、太宰治を深く愛するアンジーと敬虔なクリスチャンたるのあのの太宰理解、福音書理解を反映した内容になっていた。

『駆込み訴え』を演劇としてやるとなると、俳優一人が必死の形相でひたすら真面目に情感をこめてテクストを語る(それだけでも十分に面白いのだが)『駆込み訴え』しか思い描くことができていなかった私には、平原演劇祭×のあんじー『カチコミ訴え』は実に痛快で新鮮だった。

 

『カチコミ訴え』のあと、平林知河牧師によるガチの説教が続いた。普段と違い、信者でもない人を前にこうした宗教的講話を行うのは、さぞかし戸惑ったに違いない。しかも上演された『カチコミ訴え』は、牧師が想像していた『駆込み訴え』とは相当異なるものだった。牧師の話はなぜユダの罪はこれほど厳しくイエスに批判されたのかということだった。ユダがイエスの愛を信じ切ることができなかったことが、大きな罪だった、というような話をされた。

講話終了後、平林牧師に「それにしても『生まれてこなければよかった』というイエスの言葉はあまりに厳しく感じられます。太宰治のユダや遠藤周作のユダは、この福音書のイエスの言葉を思うと、すごく甘く、ユダ贔屓に思えるのですが、牧師はどう思われますか?」と聞いた。牧師は「私は遠藤周作はあまり好きではありません。でも太宰治のユダ像は遠藤よりも共感できます。太宰はキリスト教をとてもよく研究していると思います」とお答えになった。

 

https://www.instagram.com/p/B1ghaN-AdhO/

平原演劇祭『カチコミ訴え』でユダ役のひとり、アンジーと。このふてぶてしさ、調子に乗って暴走している感じが最高だった。自分が引き受ける役柄をきっちりイメージして演じていることが伝わってきた。

ゲッコーパレード『ファウスト』@旧加藤家住宅

原作:J.W. ゲーテ

引用訳:森鴎外 ほか

演出:黒田瑞仁

出演:崎田ゆかり、河原舞、永山香月、大間知賢哉

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美術:柴田彩芳

衣装:YUMIKA MORI

記録写真・映像:瀬尾憲司

チラシイラスト:石原葉

チラシデザイン:岸本昌也

制作協力:岡田萌

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埼玉県蕨市の住宅街にある築40年の古ぼけた木造民家で、日本人の若い俳優たちがゲーテの『ファウスト』を上演するという。
京浜東北線蕨駅から線路沿いに12、3分歩いたところに、会場となる旧加藤家住宅がある。一階の八畳の二間が上演場所になっていた。観客は二十名ほど。二つの八畳間を両はしにそれぞれ二列の客席があり、両側を観客に挟まれる形で俳優たちは演技をした。二間は微妙にずれていたので観客から見て奥側にある八畳間の一部は死角になる。
 
こんな場所で、ひょろひょろして頼りない身体の日本人俳優が『ファウスト』をまともに上演しても空々しい。ゲッコーパレードの公演をその本拠地である旧加藤家住宅で見るのは今回が初めてではないのだけれど、会場に着いてみて「ここで『ファウスト』をやるなんて、いかにも無茶な話だな」と思う。この古ぼけた民家で『ファウスト』を上演するという馬鹿げた挑戦自体が面白い。
 

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男性俳優の口上とともに10分押しで芝居は始まるのだが、『ファウスト』はなかなか始まらない。三人の若い女優たちのグダグダしたやり取りが続く。そのじゃれ合いのようなルーズなシーケンスのとシームレスに『ファウスト』の断片的場面が様々なやり方で挟み込まれていく。小さなムーミン人形を「ファウスト」に見立てた一人遊びのような感じで、一人の女優がブツブツと『ファウスト』の一場面の断片を提示したり、あるいは仰々しい翻訳(森鴎外訳らしい)で二人の女優が掛け合いで演じたり。『ファウスト』の外枠となる若い女性三人のグダグダしたやり取りも、それぞれが何かの「ごっこ」をしているかのように女優たちの演じる人物は連続性を持ちながらも変化していく。最後は家の外から木の枝やら土の入った水槽やら様々なガラクタ的オブジェを部屋に持ち込み、雑然とした「聖域」のようなものを作り、そこで宗教儀式みたいなことをしたりする。それが終わると雑然と並べられたオブジェは片付けられるのだが。
 
とにかくとりとめなく、とらえどころのないシーケンスが『ファウスト』の断片とともに80分間に渡って続く。ああいう場所でああいう女性によって『ファウスト』が上演されるということでもたらされる異化効果というのはもちろんある。ただこの上演の場合、それがどういう意味を持つのか、そしてそれが成功しているのかどうか、私にはわからない。こうした引っ掛かりを観客である私にもたらしているのだから、不可解ではあるけれど試みとしては成功しているのかもしれない。しかしそれが面白かったかどうかも私にはよくわからないのだ。
 
すごく投げやりで無作為に見えるように作為的なことをやっているのだけれど、それではその作為の意図は何かというのがわからない。それは「観客側に開放されたまま投げ出しているんですよ」というもっともらしくて、実は怠惰なだけの思わせぶりではないように思う。そうではないと私は思いたい。
蕨市の住宅地の古ぼけた民家で、若い女優3人プラス男性俳優だけで、あえて『ファウスト』という超大作を上演するということだけで戦略的だ。単に「このミスマッチが面白いでしょう?」だけでは、こうした企画を実際にやって見ようと思わないだろう。『ファウスト』を彼らの上演環境に強引に引っ張り込み、「矮小化」し「ローカル化」することで生まれる何かがあるし、その何かは『ファウスト』という古典の可能性をさらに広げるものとなる、ぐらいの目論見はあるのではないか。
 
その「何か」への自分なりの解答はとりあえずは保留にしておく。ゲッコーパレードは今後も『ファウスト』を上演していくとのことなので、ずっと見ていくうちにわかってくるものはあるだろう。とにかく強い日差しのなか、蕨駅から旧加藤家住宅まで歩いてちょっとぼーっとなった。女優3人が『ファウスト』の断片とともに違った姿を80分のうちに見せてくれるのがとても心地よかった。

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劇場でないところで上演される演劇が私は好きなこと、俳優と戯曲を介してその場所が異世界に変容していくということにたまらない魅力を感じることを、今日の旧加藤家住宅の『ファウスト』で改めて確認することができた。

【演劇】劇団サム第4回公演『BREATH』

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作:成井豊

演出:田代卓

会場:練馬区生涯学習センター

2019/07/21 17:00

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練馬区石神井東中学演劇部のOBOGたちがメンバーの劇団サムの第四回公演。劇団主宰で演出を担当する田代卓はかつてこの演劇部の顧問で、演劇部を関東大会、全国大会に導いた指導者だった。教員を退職したあと、田代は演劇部のOBOGたちに声をかけて劇団を結成し、年に一回の公演を行なっている。
公演は石神井東中学演劇部との合同公演で、劇団サムの『BREATH』の公演の前に、現役の中学演劇部による『男でっしょっ!』(一宮高志作)の公演があった。『男でっしょっ!』は50分の作品。共学化した元女子校に三人の男子学生が入学してきて、マイノリティの彼らが強くて横暴な女子たちと関係を築いていくという話だった。テンポのあるテキパキとした進行で退屈しない。観客席からなんども笑い声が上がる楽しい舞台だった。中学へ入ってまだ数ヶ月の一年生も含め、20人ちかい生徒が舞台に上がるのだけれど、全員が演じることを楽しんでいる様子が伝わってきて見ていて気持ちがいい。溌剌としていて舞台に立つ喜びが伝わってくる。舞台に立ち、自分でない何かを演じ、観客に向かってそれをさらし、表現することで、中学生たちが日頃囚われている色々な束縛から解放されているように見えた。
300席ほどの会場は8割ぐらい埋まっていた。観客の多くは出演者の家族や同級生たちのようだったが、知っている子供たちの登場に反応する会場の雰囲気もよかった。カーテンコールでは裏方も含め、全員の紹介が行われた。そのカーテンコールの挨拶も元気いっぱいで誇らしげだった。
 

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30分の休憩のあと、劇団サム『BREATH』の公演。開演前に主催の田代卓からの挨拶があった。四回目の公演にして劇団サムは二時間のフルサイズの芝居に挑戦する。キャラメルボックス成井豊の作品で、クリスマスの時期の七組の男女(必ずしも恋人同士ではない)の関係を描く群像劇だ。出演俳優は15名でそれぞれに見せ場が用意される端役のない作品だった。クリスマスまでの二週間ほどの期間に起こる七組の男女を、彼ら全員と関わりを持つ遍在的で変幻する狂言回しの登場人物が導いていく。とってつけたような人工的で説得力の乏しいエピソードもあるが、7つのエピソードの人物をつなぎ、ハッピーエンドのラストに向かって集約させる劇作はさすがに手慣れた感じでうまい。
舞台の手前と奥を幕で仕切る二重構造にし、さらに机や椅子などを出し入れすることで舞台を分割し、素早く場面を転換させていく演出上の工夫がよかった。この工夫のおかげで展開がダレることなく、リズミカルにテンポよく進んでいった。俳優の声もよく通り、しゃべっていないときも表情や仕草などの演技の工夫がある。この演目の前に見た中学生の芝居と比べると、さすがにはるかに芝居らしい芝居になっている。
四回目の公演となった今回は、中学演劇OBOGの俳優たちの半分は成人だと言う。俳優たちがみなとても魅力的だった。アマチュアとはいえ、中学演劇の卓越した指導者だった田代卓が指導しているので、発声や所作などはそれぞれそれなりの訓練はできている。また今回の出演メンバーのなかには職業的な俳優を目指して専門学校などに通っている者もいた。しかし演技がうまい下手ということよりも、舞台上での俳優一人一人の存在がきらめいていていた。お互いの芝居をそれぞれが注意深く、優しく見守っているような親密な緊張感を舞台から感じられる。
主宰の田代は当日パンフレットに劇団サムが団員たちの「心の拠り所」となっていると書いていた。一年に一度「古巣」に戻り、仲間たちと舞台を作るという濃厚な経験が、彼らにとっていかにかけがえない重要なものとなっているかが舞台から伝わってくる公演だった。
劇団サムの『BREATH』はこうした「背景」を仮に取り去って見ても、十分に楽しんで見ることができる水準の公演になっている。しかし彼らの前に中学生演劇部の芝居を見ているだけになおさら、舞台上の彼らのあり方に、色々と変化の多い思春期、青春期のなかで成長を遂げた彼らの姿を感じ取ることができるように思え、その存在の二重性がこの舞台の感動をさらに大きなものにしている。当日パンフレットにはキャストのコメントも掲載されているが、その短い文章からは仲間との演劇づくりに挑む彼らの真摯な姿勢が伝わってくる。
「ああ、人間ってこうやって成長していくんだ」と言うことを確認できる舞台なのだ。一年に一度、かつての演劇部顧問のところに集い、アマチュアとして公演を行う劇団サムの公演は、その舞台から感じとられるその健気さと誠実で愚直な作品づくりの姿勢ゆえに、ある意味でキャラメルボックスよりもずっとキャラメルボックスっぽい芝居になっていた
マチュアによるこういう芝居を見るたびに「演劇ってなんだろう?」と考える。こうした演劇は、集団での創作・表現活動のなかで凝縮され、増幅された特別な生の充実のありようを伝えてくれる。

【映画】さよなら、退屈なレオニー(2018)

http://sayonara-leonie.com/
監督:セバスチャン・ピロット

製作:ベルナデット・ペイヤール、マルク・デーグル
脚本:セバスチャン・ピロット

撮影ミシェル・ラ・ブー
キャスト:カレル・トレンブレイ、ピエール=リュック・ブリラント、フランソワ・パピノー、リュック・ピカール、マリー=フランス・マルコット

原題 :La disparition des lucioles
製作年:2018年
製作国: カナダ
上映時間:96分
映画館:新宿武蔵野館

評価:☆☆☆☆

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ベック映画ということで見に行った。
ケベック州の海辺の田舎町、いかにも変化が乏しくて退屈そうな町に住む17歳の少女レオニの物語。
両親は最近離婚して、彼女は母親と母親の彼氏と一緒に住んでいる。父親を信頼していたが、父親は普段は遠く離れた所で働いていて、何ヶ月に一度しか会えない。両親の離婚はレオニーとって大きなショックなのだが、その動揺を誰も受け止めてくれないことを知っている彼女は、早熟でシニカルな態度で自分の内面を守ろうとしているようだ。
その彼女が興味を持ったのは、町の安レストランで知り合った年上の冴えない男、スティーヴだった。ギターの個人教授の彼は、母親と二人でひっそりと暮らしている。彼も町の人たちから浮いていて、孤独な存在だ。スティーヴはこの町と孤独から抜け出すすべも知らないし、その気力もない。レオニーはスティーヴの孤独に安らぎを感じつつ、退屈な生活としっかり向き合い、とにかくそれを何とかしようする気力がある。彼女は退廃に沈み込みそうになりながらもそれに溺れることはない。自分の若さを信じている。
主演のカレル・トランブレの演技が素晴らしい。天才。鬱屈した青春期にある女性を好演。
レオニーのパートナーであるスティーヴがミュージシャンということもあり、音楽も豊かな青春映画だった。
ティーヴがレオニーと恋人になるのかなあと思いながら見ていたら、心が通じ合い、恋人同士になりそうな雰囲気を漂わせながら、プラトニックなままだった。この我慢加減あって生じる緊張感がとてもいい。もしスティーヴとレオニーが気分で恋人になってしまったら、この映画は映画にはなっていないだろう。
あそこで一気にレオニーを自分のモノにできないスティーヴはダメ男だ。
原題、「ホタルがいなくなってしまった」はちょっと気取りすぎ、狙いすぎな感じがする。

【映画】山本良子監督『ぼくらのハムレットができるまで』(2004)

2004年(46分)
監督・編集:山本良子
出演:学習塾赤門塾のみなさん
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『ぼくらのハムレットができるまで』は、埼玉県所沢市にある学習塾、赤門塾で1975年以来、毎年3月末に開催される演劇祭のメイキングを記録したドキュメンタリー映画だ。作品は映画美学校の卒業制作として2004年に撮影された。
 
赤門塾は地元の子どもたちが通う個人経営の小さな塾だ。塾を創立したのは、在野の哲学者、ヘーゲルの翻訳者として知られる長谷川宏である。東大闘争の活動家だった長谷川は、大学院博士後期課程修了後に大学から離れ、1970年に小中学生を対象とする学習塾を開設した。
赤門塾演劇祭は、長谷川宏が主宰する学習塾が母体とする「共同体」の演劇祭だ。「共同体」と鉤括弧でくくったのは、生活の場ではない塾は普通、共同体を形成するような閉鎖性、拘束性を持ち得ないからだ。赤門塾のような地元の子供たちを対象とする塾の機能の根幹は公教育の補完であり、通うのもやめるのも自由だ。赤門塾は小・中学生対象の塾だったので、通っていた塾生も学校卒業とともに塾とは縁が切れるのが普通のはずだ。ところが赤門塾に通う子供たちのなかには、中学を卒業したあともこの塾に居場所を見出し、勉強や遊びにやって来る者たちがいた。この塾OBOGを中心に、様々な文化活動が行われるようになった。文化祭、美術館見学、ハイキング、完全自炊の夏合宿、そして演劇祭。こうした集団での活動を通して濃厚な学びと遊びの擬似共同体となった。『ぼくらのハムレットができるまで』は、演劇づくりという集団での活動の観察を通して、赤門塾という擬似共同体の特異なあり方を伝えている。
 
この映画が撮影された年の演劇祭で上演された『ハムレット』でタイトルロールを演じたのは、大学を卒業したばかりの長谷川優だ。長谷川優は長谷川宏の次男であり、数年前から宏に代わって赤門塾の活動全般を取り仕切っている。監督の山本良子も撮影時には20代で長谷川優と同年代だった。当時山本は長谷川宏が行なっている哲学書の読書会のメンバーだったが、赤門塾演劇祭の出演者のほとんどとは面識がなかったと言う。演劇祭のOB・OGの部の稽古は一月から始まる。山本が撮影を開始したのは二月初めだった。『ぼくらのハムレットができるまで』というタイトルが示す通り、2月初めの稽古から映画祭当日までの様子がこの作品では記録されている。山本と演劇祭メンバーとは撮影を通じて少しずつ関係を構築していった。稽古は演劇祭直前までは週一回日曜日に行われる。山本は撮影される映像の中に自己を介入させない。彼女は他所から来た観察者として演劇祭のメンバーの姿を追いかける。最初のうちはおずおずと相手との距離を測りながら。山本の視線は観察者としての視点を失うことはないが、それでも稽古が進み、演劇祭の日が近づくにつれ、演劇祭に参加する人間たちの高揚感に撮影者が引き込まれていく様子が映像から伝わってくる。緊張感のなかにも、共同でものを作り上げていくなかで形成される親密さがどんどん濃厚になっていく。
 
この作品が撮影された2004年には、演劇祭開催は29回目を迎えていた。この演劇祭に何年も続けて参加している常連たちもいる。しかし演劇作りはルーティン・ワークにはならない。参加する人間たちの様々な関係性の網目のなかで、稽古時間の経過とともに、集団とそれに関わる各個人がダイナミックに変化し、成長していく瞬間を『ぼくらのハムレットができるまで』はとらえることに成功している。それにしても彼らはなんでこんなに真剣なのだろうか。年に一回の仲間内のための演劇祭にどうしてここまで労力と時間を注ぎ込むことができるのだろうか。このドキュメンタリーは、演劇作りがその参加者にもたらす魔法の時間を伝えている。公演が近づき集団の作品づくりへの求心力が一気に高まったときの緊張と興奮、出演者の熱気に次第に同調し、それに巻き込まれるように彼らをサポートすることで祭りの当事者となっていく周囲の人々の姿。学習塾の教室が三日間の演劇祭のために大掛かりな模様替えが行われ、劇場になる。舞台美術も小道具も衣装も音楽も全てが手作りであり、これを見に来る観客たちのほとんどは出演者やスタッフの家族や知り合いである。タイトルに「ぼくたちのハムレット」とあるが、これは文字通りこれは彼らたちの手による彼らのためのハムレットであり、演じる人間と見る人間のほとんどが赤門塾という擬似共同体のメンバーである内輪の演劇の様子を伝える作品なのだが、そこには外側の人間も共感できる集団での演劇づくりの喜びの普遍性を確認することができる。
 
『ぼくらのハムレットができるまで』は演劇が本質的に持つ教育的機能もとらえている。戯曲の登場人物を演じることで他者を引き受け、それを他人の目の前に晒すことで、演者は自分自身の殻を打ち破らなくてはならなくなる。この覚悟を決めたとき、人は変わり、別の段階に成長する一歩を踏み込む。昆虫の脱皮を見るように、人間の内面の変化の瞬間を目の当たりにする機会は日常ではそうあるものではない。演劇、それもアマチュアの演劇ではそれまでの自分から別の何者かへ変わろうとするときに人が見せる崇高な時間に立ち会うことがある。それは自分自身の発見のすぐれた契機であり、他者の発見の契機にもなる。『ぼくらのハムレットができるまで』にはそうした劇的な時間が記録されている。年に一度の祭である赤門塾演劇祭公演には、普段は演劇と関わりのない人たちが集団での演劇づくりを通して得た様々な変化や発見が凝縮されている。そしてその凝縮された集団の時間は舞台上で一気に吐き出される。
 
『ぼくらのハムレットができるまで』は公演の後ろ側にある演劇の時間の厚みと豊かさを伝え、アマチュア演劇の醍醐味を感じさせてくれる。学習塾を母体としたアマチュアによる演劇祭にみなぎる活気と充実感は「演劇ってなんだろう」という根源的で素朴な問いを私たちに突きつける。

平原演劇祭×一年劇団 孤丘座 洞窟演劇『鷹の井戸/鷹の風呂』@栃木県某所

「洞窟演劇」と予告されていた。洞窟で演劇だって!?

もうこれだけでどんなものを見せてくれるのだろうかと心が浮き立つではないか。公演会場までの行き方の案内は、平原演劇祭の公式twitterアカウント@heigenfesにあった。雨具と懐中電灯持参とある。

場所は東武佐野線の終着駅からさらに町営バスに乗り、山の中に入ったところだ。

東京都練馬区にあるうちからは約3時間かかった。まず池袋まで有楽町線、それから宇都宮線久喜駅まで行き、そこで東武伊勢崎線に乗り換え館林駅まで行く。館林駅から東武佐野線に乗って終着駅まで。

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初めての路線に乗って、初めて行く場所と言うことで、旅行気分も盛り上がる。

降りた駅は特徴らしい特徴がない田舎町だ。そこから町営バスに15分ほど乗る。バス停のある道のそばにある木の緑濃い丘を登ったところが、公演場所の洞穴だった。

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開演の前に洞穴の中を一通り回った。中にはいくつかの空間があったが全体としてそんなに巨大な洞窟ではない。15分もあれば一通りみて回ることができる広さだ。観光のためわざわざこの洞窟を訪れるのはよっぽどの洞窟マニアではないだろうか(そのわりには洞窟演劇終演後に家族づれがこの洞窟の見学にやってきたのだが)。洞窟の管理は近所の住人に委ねられているらしい。鍵の開け閉めと洞窟内の電灯をつけるのが主な管理業務らしく、自由に出入りできる。

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[開演前に出演女優三名の写真を撮らせてもらった]

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この洞窟演劇を見るためにやってきた物好きな観客は十数名いた。その多くは中高年男性で、女性の観客は一人だけだった。

開演は正午と予告されていたが、開演時間直前に洞窟内に入った一般客が一組あったので、その退場を待っての開演となった。

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オープニングは戸外で始まる。

緑の木々にかなり急な傾斜の斜面から、三人の楽人たちが歌を歌いながら、洞穴前の広場に上ってくるのだ。樹々の濃い緑の中に現れる異装をなしたる三人の少女の登場であたりは一気に異世界に変貌する。印象的な素晴らしいオープニングだった。

オープニングの後、洞穴内に観客たちは誘導される。洞穴に入ると、洞穴内の道は軽い傾斜となりすぐに左右に別れる。右手の方から何者かが話している声がする。懐中電灯であたりを照らしながら右手に移動すると、仮面をかぶり、わらじをはいた異形の女がいた。

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この仮面の怪物が一人で語っているところへ、異装の若者が現れる。ケルトの若武者のクフーリンだ。彼は不老不死の水が湧き出るという井戸を探し求めている。

イェイツの『鷹の井戸』の内容をここで私はなんとなくではあるが思い出す。仮面女と若武者は言い争いをしているが、その内容は頭に入って来ない。洞窟内という場所の力が強すぎて、セリフが頭の中に入って来ないのだ。

背後から鈴の音、そして獣の叫び声が聞こえた。仮面女と若武者の背後は盛り上がった丘のようになっているのだが、その高みに鷹が現れた。思わずハッとするような印象的な場面となった。

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突如現れた鷹に激しく動揺する手間の二人。

鷹の姿が消えると、若武者は槍を手にして颯爽と退場していった。

この退場をもって第一部、洞穴内での『鷹の井戸』が終わる。異世界を描き出す幻想劇でこれ以上の舞台装置はそうそうあるものではない。場のインパクトがあまりにも強いので言葉の内容はその空間の中に溶けてしまい曖昧なものになってしまう。

何も知らない人が洞窟に見学に来て、上演の場面に立ち合ったらさぞかしギョッとするに違いない。幸い上演中に「外部」の人が入ってくることはなかった。

 

第一部が終わると洞穴の外に出て、少し休憩となる。10分ほどの休憩の後、第二部会場となる洞穴からさらに200メートルほど上ったところにある「展望台」に移動する。この展望台までの上り下りがかなりの急斜面で往生した。

「展望台」といっても周りは緑の木々に視線を遮られ、特に何が見える訳でもない。谷を挟んで向こう側に、セメント用の石灰岩を削り取られ、片面が禿山になっているのが見えるくらいである。

山の斜面の傾斜が幾分緩やかになっているところに観客が誘導され、そこで第二部の『鷹の風呂』が始まった。

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『鷹の風呂』は一人語りの芝居だった。この山の斜面と斜面を上ったところにある鉄できた小さなテラスが演技場となった。

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寄ってくる蚊を追い払いながらの観劇となった。ここも場所のインパクトが強すぎて、女優が話している内容が断片的にしか頭に入らない。高野竜演出の芝居ではこういうことがちょくちょくある。でもそれで問題かといえば、そうでもない。観劇体験の充実はちゃんと味わうことができている。昨年、北千住のBUoYで上演があった時は二回見にいった。一回目は何がなんやらわからないかったけれど、二回目に見たら戯曲の内容が流石によく頭に入った。やはり複数回見に行くものだなあとは思ったものの、一回目の観劇で不満だったという訳ではない。

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『鷹の風呂』は高野による創作劇だ。野外で声が聞き取りにくいということもあって、正直、ほとんど何が話されているのかわからなかった。家に帰ってウェブ上で公開されている戯曲を読むと、「ああ、これではわからなくても如何しようもないわ」と思う。難解だ。でも面白い。テクストとしてその内容を咀嚼していくと、この戯曲は実に味わい深い文学作品だ。イェイツの『鷹の井戸』を出発点に話がどんどん自由に拡散、拡大していく。内容がわかればわかったで面白いのだが、上演中にわからなくても観劇体験としては特に問題ないように思えるが、平原演劇祭の面白いところだ。

観客の「なんじゃこれは?」という表情を受け止めつつ、この厄介なテクストを30分に渡って語り、役柄を演じきった女優はどうかしている。素晴らしい。

『鷹の井戸』『鷹の風呂』合わせて上演時間は90分ほどだった。

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終演後は食事が用意されていた。『鷹の風呂』で言及されていたコノシロの酢漬けとスパイスで味付けされたクリームチーズ、きゅうりを、それぞれが自分でフランスパンに挟んで食べるサンドイッチが供された。コノシロの酢漬けのサンドイッチは実に美味しかった。これに加えてアメリカンチェリーとすもも(?)というデザートもあるのも嬉しかった。

 

 

 

【劇評】カクシンハン『ハムレット×SHIBUYA』2019/05/22@渋谷ギャラリー・ルデコ

「今」、「ここ」にいる「私」が語る『ハムレット

演技者だけでなく、観客も芝居が終わったあとは、精力を使い果たしたような状態になる。詩的で混沌とした断片的なイメージの集積が、後半に一気に凝縮され、行き詰まるようなクライマックスがどんどん密度を高め、加速しながら連続する。私がこれまで見たカクシンハンのシェイクスピアはどの作品も、「今」、「ここ」にいる「私」のシェイクスピアであり、400年以上前にイギリスで書かれた戯曲をしっかり読み込んだうえで、その世界を現代の日本に生きる私たちに繋げるための様々な劇的でトリッキーな仕掛けが魅力となっている。
ハムレット×SHIBUYA』は2012年のカクシンハンの旗揚げ公演で上演された作品であり、カクシンハンの上演作品のなかでは唯一のオリジナル作品だ。タイトルが示す通り、『ハムレット』のセリフや場面が劇中ではふんだんに織り込まれている。しかし場所はAKIHABARAとSHIBUYA、現代の東京だ。


ほぼ一年前に見たカクシンハン『ハムレット』の冒頭の場面を思い出す。あれは確かシブヤのスクランブル交差点の雑踏から始まった。まだ観客席に開演前のざわつきが残っている状況のなか、劇ははじまる。傘をさした多数の人間が舞台上に描かれた横断歩道を横切る。この都会の雑踏のなかに一人の男がうずくまっている。しかし彼に気を留めるものはいない。せりふのない五分ほどの群像劇は『ハムレット』の物語全体の象徴的なレジュメとなっていた。現代を強引にシェイクスピアの時代に結びつけるオープニングの演出は、カクシンハンの演劇美学の高らかなマニフェストとなっていた。原発事故後のフクシマの惨状を『ハムレット』に重ねた昨年の公演はまさに現代のわれわれの作品としてのシェイクスピアの可能性を提示するものだった(ただしそこに「フクシマ」というある意味手垢のついてしまった記号を用いたことは、作品の解釈の可能性を狭めてしまったように思え、私は評価できなかった)。今回『ハムレット×SHIBUYA』を見ることで、一年前に上演されたカクシンハン『ハムレット』の舞台上演の記憶を見たときが蘇ってきた。あの『ハムレット』の印象的なオープニングのあと、舞台上の世界はテープが巻き戻されるように一気に過去の時代へ、シェイクスピアの『ハムレット』で描かれた「デンマーク」へと移行していった。


現代劇として翻案された『ハムレット×SHIBUYA』では時間は巻き戻されない。抽象化され、象徴化された場としてのアキハバラとシブヤが舞台となり、この場所は二人の青年として擬人化される。『ハムレット×SHIBUYA』では、木村龍之介自身の『ハムレット』という作品に対する姿勢や解釈がより直接的に伝えられる。ハムレットに共鳴し、その存在の混沌と闇の中に果敢に身を投じ、格闘する作・演出家自身の姿が晒されているように感じられた。


ギャラリー・ルデコの中央には小さな丸テーブルが置かれ、そこが演技エリアの核となる。客席の椅子はそのテーブルを取り囲む形で、無造作に並べられている。この上演空間は客席を含め、作品の舞台である「アキハバラ」と「シブヤ」のミニチュアとなっていて、あえて殺風景で雑然とした状態で置かれている。リーディング公演ではあるが、俳優たちはテーブルの周りで座ってテクストを朗読するのではない。照明の効果も使用され、ときに俳優が客席のあいだにも侵入する動的でダイナミックな演出となっている。何よりも俳優の演技が発する熱量が圧倒的だ。その激しさにこれがリーディングであることを忘れてしまう。ギャラリー・ルデコの空間全体が象徴的な劇的空間となり、観客もその空間の一部として取り込まれてしまう。


安定していた世界が突然ゆらぎ、崩れてしまったときに、人はどうなってしまうのか。世界と「私」との関係が激しく揺さぶられたときのハムレットの混乱と不安は、断片的な言葉の連鎖というかたちでそのまま伝えられる。断片に解体され、再構成された『ハムレット』は、現代の「アキハバラ」と「シブヤ」という場のなかで徐々に不可解で不気味で怪物的なイメージを形成しはじめる。あらかじめ観客に伝えられる「あらすじ」は奇妙で意味不明の状況しか記しておらず、冒頭の詩的で断片的なモノローグ解読の手助けにはならない。『ハムレット×SHIBUYA』の難解さは、あのハムレットが味わい、作・演出の木村が共鳴した混乱と不安を、観客であるわれわれにも共有させることを意図しているかのようだ。このわけのわからなさは解決されることはない。ハムレットの苦悩は重苦しい闇として最後まで持続する。いやむしろその闇はどんどんと深くなって行った。


上演時間の1/3を過ぎる頃からようやく混沌から抜け出し、それまで提示されていた暗示的な要素が劇的なアクションを形作り、物語が展開し始める。しかしそこから提示されるシーケンスがことごとく濃密で、凝縮された感情が爆発するような激しい場面が最後まで延々と続くのだ。劇中人物に憑依されたかのような俳優の熱演に、観客である私は戸惑いのなか、なんとも抗しがたい強引さで引きずり込まれた。あの荒々しさには現代の日本に生きる自分の物語として『ハムレット』に真摯に向き合ったときに作・演出の木村の中で湧き上がった思いが反映されているに違いない。ハムレットが具現する闇の深さに飲み込まれそうになったとき、恐怖に思わず悲鳴をあげそうになる。その悲鳴を演劇という形式に抑え込むことでなんとか第三者に伝えようとする。『ハムレット×SHIBUYA』では、作・演出の木村と俳優たちが全力で溢れ出る闇と格闘し、それを不器用に表現としてかたちにしようとするさまがむき出しになっている。


クライマックの場面が次々と続くような重量感のあるリーディング公演で、終演後の俳優たちは精力を使い果たした抜け殻のようだった。観客である私も重力から解放されたような虚脱感を覚えた。カクシンハン『ハムレット×SHIBUYA』は、「今」、「ここ」に生きる「私」が『ハムレット』とどう格闘したのかを伝える壮絶な記録であり、『ハムレット』の闇が含みもつ可能性の豊かさを示す舞台だった。[観劇日:5/22]

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カクシンハン『ハムレット×SHIBUYA』2019/05/22@渋谷ギャラリー・ルデコ
http://kakushinhan.org/others/hs
【公演情報】
カクシンハン特別リーディング公演『ハムレット×SHIBUYA─ヒカリよ、俺たちの復讐は穢れたか─』
- 作・演出:木村龍之介
- 原作:シェイクスピアハムレット
- 会場:ギャラリー LE DECO 4
- 2019年5月22日(水)─26日(日)
- 出演:河内大和、真以美、岩崎MARK雄大、島田惇平、鈴木彰紀、椎名琴音
- 映像:松澤延拓
- 照明:中川奈美
- 音響:大園康司
- 美術:乗峰雅寛(文学座
- 企画・製作:カクシンハン

ヨアン・ブルジョワ『Scala - 夢幻階段』;ミロ・ラウ『コンゴ裁判』;SPAC『ふたりの女』(ふじのくに⇄せかい演劇祭2019)

2019/04/28
ヨアン・ブルジョワScala - 夢幻階段』;ミロ・ラウ『コンゴ裁判』;SPAC『ふたりの女
 
まっすぐ伸びる階段を中央にしたシンメトリックな舞台美術は、暗めの照明で照らし出されていてグレーのモノクロームでおしゃれにまとめられている。なんとなく『無印良品』を連想させる。
トランポリンを使って、フィルムを逆回しして見せるような動きの面白さが何よりも印象的だ。この「逆回し」は様々なバリエーションとともに何度も繰り返される。
シルク・ド・ソレイユのようだと評した人もいたが、確かに地味でシックでスノッブなシルク・ド・ソレイユという感じ。音楽を現代音楽風にして、照明を暗くして、そして抑制を感じさせるストイックで洗練された表現による新スタイルの芸術的サーカスというか。体の関節がいきなり外れて崩れるような動き(舞台セットの椅子やテーブルもこうした崩れ方をする仕掛けが施されている)もまた執拗に繰り返される。
同じ動きを何回も繰り返し、それを徐々に変化させるという手法は、その表現の洗練されたストイシズムと相まって、フィリップ・グラスの音楽を連想させるものだった。
最初のうちは表現としてちょっと気取りすぎてやだなあと思って見ていた。場面のヴィジュアルの面白さはあるが、想像力を刺激するドラマ性が弱いようにも。ただ反復しながらグラデーションのように変化していく場面に次第に引き込まれ、作品から詩的面白さも感じとられるようになり、見ている気分も盛り上がってきた。
 
昨年秋にアンスティチュで行なったイベントで、SPACの横山義志さんからこの作品の報告を聞いていて、日本で上映があるなら必ず見に行こうと思っていた。1990年代末から2000年代の初めにかけてあったコンゴ戦争の後(600万人の死者が出たという)、なお混乱が続くコンゴに演劇家のミロ・ラウが乗り込み、戦争後も続く多国籍大企業によるコンゴ人民からの搾取と虐殺事件の当事者を召喚し、擬似裁判によって事実を検証する様子を記録したドキュメンタリー映画だった。
これは驚異的な作品だった。リミニ・プロトコルなど、演劇的手法を用いて現実社会に切り込む手法の作品はすでに数多く試みられている(ドキュメンタリー演劇と呼のだったけ)。私が驚愕したのは、ミロ・ラウが演劇的手法で捉えようとした現実があまりにも巨大であり、そしておそらく非常に危険でデリケートでスリリングな問題であるからだ。
ミロ・ラウはコンゴの政治的状況の混沌のなかに果敢に飛び込み、「模擬裁判」という演劇的茶番に関係者を巻き込むことでその網目を解いていく。
なぜ模擬裁判か?それはコンゴの現実が自らの関わる事件についての公平な司法を期待できる状況にないからだ。こうした「模擬裁判」は外部者であるミロ・ラウであったからこそ可能になった。しかしそれを実現するための手間はどれほどのものだっただろうか?
いったいどうやってこの大掛かりな茶番に当事者である彼らを巻き込むことが可能になったのか。接触する人物の人選、そのアプローチ、引き込むための戦略の構想、こうした作業には膨大な労力と時間、智恵が投入されている。その作業を設計し、自分が動くだけでなく、この危険で不確定要素の大きいプロジェクトへの協力者を探して、説得し、彼らをを動かすための手間を考えると、頭がクラクラする。
この作品はまさしく演劇的発想と方法が用いられているが、演劇ではないという作品だ。「擬似裁判」という現実の模倣的再現が現実に裏返っていく。スリリングで緊張感に満ちた時間。
 この作品は純然たるドキュメンタリーではない。ドキュメンタリーにも「脚本」はあるが、おそらくこの作品にもかなり書き込まれた脚本はあるように思う。そうでなければ一発どりであの裁判場面は撮ることが不可能ではないか。演技指示という意味での演出もあった可能性が高い。問題はどこまでそういった作り込みを行ったかだ。周到なリサーチの上、様々な可能性を考慮した上で、一番ギリギリのところを切り取ろうとしているように見えた。
 作品創造に関連する文献を読みたい。制作の記録なども。また静岡の芸術祭での二回だけの上映、限定された演劇ファンを対象の上映だけはもったいない。全国の映画館で上映されれば、大きな反響を期待できる作品だ。東京でもまた上映されて欲しい。
 
4年前に再演を見ている。たきいみきが素晴らしくいい。たきいは年月を経るに従ってどんどん魅力的な女優になっている。見た目の堂々たる美しさだけじゃなくて、コミカルな表現がさまになっているところとか、その愛嬌にグッとくる。あと印象に残ったのは武石守正。登場人物の中で一番狂っている人物に見えるその異様な雰囲気と存在感。武石の登場場面が作品の混沌を深めている。俳優宮城聡の出演や三島景太のコミカル・グロテスクな怪演が、観客を喜ばせる。舞台芸術公園の森を借景としたビジュアルの美しさ、壮大さの中で、唐十郎の詩を堪能できる秀作だった。

ザカリーヤー・ターミル著・柳谷あゆみ訳『酸っぱいブドウ (ヒスリム) 』

この短編小説集は2018ねん2月に白水社から刊行され。
 
ザカリーヤー・ターミル(1931-)は現代シリアを代表する作家だが、1981年以降は英国に拠点を移し作家活動を行っている。『酸っぱいブドウ (ヒスリム) 』は200年に刊行されたターミル9冊目の短編小説集とのこと。長さの異なる59編の短編小説が収録されている。最も長いものでB5版のページで5ページ、短いものはごく数行しかない。
翻訳者の柳谷あゆみさんとは、早稲田大学文学学術院の講師控室で知り合った。彼女はふじのくに⇄せかい演劇祭2016でレバノンの演劇人、サウサン・ブーハーレドの『アリス、ナイトメア』の字幕操作をしていて、終演後に赤いシャツを着た太った中年男がブーハーレドに話しかけているのを見ていたそうだ。その赤シャツ男が、彼女の非常勤先でもある早稲田大学文学学術院の講師控室でパソコンに向かっていたので、思わず声をかけたそうだ。赤シャツを着ているとこんなこともある。
『酸っぱいブドウ (ヒスリム) 』に収録されている作品の多くは、シリアの架空の街区、クワイク街区を舞台としていて、荒廃、暴力、横暴、悲嘆、諦念が支配するこの貧民街で暮らす人々の生活がリアルに描き出されている。しかし言論や表現活動に厳しい制限が加えられているシリアでは、現状を批判する直截的な表現は注意深く避けなくてはならない。したがって『酸っぱいブドウ (ヒスリム) 』の描写は、生々しくリアリズムを感じさせつつも、寓意的・隠喩的な表現に満ちている。
B5版で71頁ほどの冊子ではあるが、稠密で詩的な描写ゆえに、読む終えるのにはかなり時間がかかった。耳慣れない固有名詞やごつごつとした文体に最初戸惑ったが、しばらくのあいだそれを我慢して読み進めると、シュールリアリズム的ともいえるブラックでグロテスクな幻想が立ち現れ、その世界に入り込んでしまう。短いエピソードの連鎖と語り物を思わせるハードボイルドな文体、そして描き出されたグロテスクは、『アラビアン・ナイト』のような説話集、あるいはオウィディウスの『変身物語』を連想させた。実際、この短編小説集の登場人物はいろいろなものへと姿を変える。暴力的で不条理な社会を生き抜くシリアの住民たちのたくましさには、ブラジルの貧民街のアウトローたちの姿を描いたフェルナンド・メイレリスの映画、『シティ・オブ・ゴッド』を連想した。
奇妙な後味をもたらす面白い小説集だった。苛酷な紛争が続くシリア社会で育まれた屈折した知性による現代暗黒寓話集である。